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夏も終わり、そして秋

暑かったのか、涼しかったのか分からないうちに夏が終わろうとして、
八月もあと2日を数えるのみ。
富岡八幡宮の例大祭、深川祭も終わって、
深川界隈はしばらく「祭りロス」状態のようである。
八幡宮の本社神輿は無いが、町内神輿五十三基、
門前仲町富岡八幡宮に参集して八キロの連合渡御である。
三年に一度の祭り。

山猫軒たちも町会の半纏を着て、
神輿の列に参加。
よる年波には勝てず御輿を担ぐのはやめたが、
<水掛け祭り>の名のとおり、沿道からバケツやホースでたっぷり
水を浴びてのことだった。

幸いにして天候に恵まれ、雨続きの中、当日は土曜・日曜日と
時々日も差す陽気だった。
初めての深川祭り、冥土のいい土産になりそうである。

時間の過ぎるのが早い。
毎週月曜日の手話講習を中心にして、
あっという間の月曜日到来で、
艱難辛苦の手話の二時間を過ごす。

9月は1日(金曜日)別府葉子トリオのシャンソンライブ・市ヶ谷である。
先日の横浜に続いてのライブでとても楽しみ。
手話を勉強しながら思うことは聴覚障害者の方たちが
この素晴らしい音の世界とは無縁であること、
そして、健聴者である我々がどれだけ幸せであるかと、痛感することだ。


秋に寄せてふるい詩を一つ。


           秋のかたち


     まず、
     くつろいで
     まぶたを閉じて

     遠い記憶の底にある
     はじめての恋のような
     ちょっぴり
     もの悲しい匂いのする
     おとなっぽい 少年と
     こどもっぽい 女と
     読み始めた物語の行くすえを
     教えてはくれない
     鉄の味のする空気に
     捉えられた季節を
     どうか、
     描いてみてください。

     それから、
     開け放った窓をとじて
     秋のかたちを
     描いてください
     ぼくには見えない
     あなたの秋を
[ 2017/08/30 14:33 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

別府葉子シャンソンライブ横浜、そして深川盆踊りと富岡八幡宮例大祭



先日の日曜日、8月6日、横浜市関内の<別府葉子シャンソンライブ>へ行ってきた。
別府葉子は関西圏で活躍のシャンソン歌手である。
詳しくは彼女のブログをご覧いただきたい。
URL:http://yokomusette.blog31.fc2.com/

前回の東京ライブは大塚だった。
会場はこじんまりとしたところで、山猫軒と麗しの君はステージの目の前。
手を伸ばせば届きそうな席だった。
今回はほどほどの距離で緊張することなしに歌を、ピアノを、ベースを堪能できた。
音楽は生で聴くのに限る。

帰り際購入したCDに別府さん、中村さん(ベース)鶴岡さん(ピアノ)の祭りは
三人娘からサインをもらい会場を後にした。
電車を乗り継いで深川に帰り着いたのが夕刻の5時。
門前仲町でおりて、最近時々顔を出す<深川姉御家>に立ち寄る。
最初のビールが喉にしみる。
あれこれ、酒の肴を頼み、ほろ酔い加減ところで店をでたところ、
清澄通りの向こう側で盆踊りをやっているではないか。

酒が入ると踊りたくのが我が家のお嬢さんである。
深川1丁目の盆踊りの輪の中に紛れ込んでご満悦であった。

深川は今日11日から富岡八幡宮の三年に一度の例大祭である。
山猫軒がこの地に移り住んだ三年前が祭りの年だった。

だから、今年が初めての深川の祭りを体験することになる。
町内の半纏を着て麗しの君共々神輿について回ろうと、
意気込んでいるところだが、
富岡八幡宮の祭りは<水掛け祭り>と言われていて、
お神輿に水を盛大に掛けるらしい。
とういうことは、担ぎても、周りも皆水も滴るイイ男、イイ女!
になるわけだが、
これ以上イイ女、イイ男になってどうするというのだ!

シャンソンと盆踊りと、お神輿、
我が家のお嬢さんには盆踊りとお神輿のほうがお似合いといったら、
張り倒されるかもしれません。


文字色
                                                                                   

[ 2017/08/11 17:09 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)




          窓

             

       きょう この梅雨の合間に
       遅刻したような日差しが
       窓をすり抜けてくる
       陽光への憬れを
       知っていたかのように
       窓辺の椅子に
       子猫みたいに座って
       いつしか吹きはじめた庭の風が
       緑色に揺らめくのを
       水晶のように見つめている


       飾り物やレースのカーテンも
       空からこぼれてくる光りに
       追い払われて
       窓は大きく見開いた心
[ 2017/08/04 21:21 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

横顔

昨日、大学の文芸具の後輩からメールが届いた。
武芸部OBOG誌への原稿の締め切りについてである。
前回は山猫軒も作品を送った。
今年も参加したいと思うのだが・・・・
難儀しそうである。

それで、古いものを引っ張り出して眺めてみる。
これは2011年の作品。
ブロともの秋田のオネエサンとスカイプしていたときに、
彼女から送られてきた一枚の絵を見て書いたものである。
本人と思われる若い女性が頬杖をついている横顔のデッサンだった。

詩はその折々の情景や心を映し出す。


     横顔


   やわらかい鉛筆で描かれた
   あなたの輪郭が
   せつない眼ばたきのなかに
   ともっていた

   たそがれの部屋の隅に置かれた
   枯れ木のような机の引出しの中に
   使い古され
   忘れられた ふるい日々の消しゴムが
   寂しくうつむいている

   別れ 幾たびか
   かなしみ
   また あるときは
   よろこび

   あれは しあわせな一日のひとつだった
   数えるまでもなく
   素直なことばをなくしてから
   もう、幾千年がたつのだろう

   柔らかい鉛筆で描かれた
   あなたは頬をそめ
   落としたため息が
   はらはら落ちる
   花びらにみえた

   やがて いつものように
   紙のうえの線描が
   あかりの消える夜のように
   ふるい消しゴムにこすられて
   薄くぼやけてゆく

   やわらかい鉛筆の
   はかない横顔

[ 2017/08/02 15:47 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

猫の手紙



      猫の手紙


      我が家の猫は ときどき、
      手紙をくれる
      それは、猫語で書いてあるから
      ぼくには 解らない

      我が家の猫の手紙は
      くれる毎に長くなる
      最初は一語だったのに
      いまでは、長々と綴られている

      我が家の猫が 書く手紙を
      読み取れない僕が悲しい
      いっそ、入れ替わったら と
      思案するけれど

      我が家の猫に ぼくが書く手紙を
      どうやって 読ませよう
      猫語を知らない ぼくと
      人間の言葉を知らない猫に

      ときどき、街で会う友人たちが
      猫になる
      猫語を知らない ぼくは
      途方に暮れるばかりだ

      そして、
      友人たちと酒を呑むとき
      ぼくは猫になる
      年老いた猫になる

      我が家に一匹の猫
      猫からの手紙は
      立派な書冊になって
      いつか読み解かれる日が
      訪れるのを待っている


これは随分前にブログに載せたものである。
この頃は多くの詩を載せていた。
「誌の料理店」だからと。

いつしかブログの更新もまばらになり、詩を書くことも少なくなってしまった。
また、書いてみようかな、などと思いながら、
古いものをのせてみた。

可愛かった猫も今はもう、見事にな肥満猫になり、
日がな一日寝ている。
齢14歳、執事(山猫軒)が先か、猫が先に逝くのか、
ぼんやり考えているのである。



[ 2017/07/29 20:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)





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