窓

             

       きょう この梅雨の合間に
       遅刻したような日差しが
       窓をすり抜けてくる
       陽光への憬れを
       知っていたかのように
       窓辺の椅子に
       子猫みたいに座って
       いつしか吹きはじめた庭の風が
       緑色に揺らめくのを
       水晶のように見つめている


       飾り物やレースのカーテンも
       空からこぼれてくる光りに
       追い払われて
       窓は大きく見開いた心
[ 2017/08/04 21:21 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

横顔

昨日、大学の文芸具の後輩からメールが届いた。
武芸部OBOG誌への原稿の締め切りについてである。
前回は山猫軒も作品を送った。
今年も参加したいと思うのだが・・・・
難儀しそうである。

それで、古いものを引っ張り出して眺めてみる。
これは2011年の作品。
ブロともの秋田のオネエサンとスカイプしていたときに、
彼女から送られてきた一枚の絵を見て書いたものである。
本人と思われる若い女性が頬杖をついている横顔のデッサンだった。

詩はその折々の情景や心を映し出す。


     横顔


   やわらかい鉛筆で描かれた
   あなたの輪郭が
   せつない眼ばたきのなかに
   ともっていた

   たそがれの部屋の隅に置かれた
   枯れ木のような机の引出しの中に
   使い古され
   忘れられた ふるい日々の消しゴムが
   寂しくうつむいている

   別れ 幾たびか
   かなしみ
   また あるときは
   よろこび

   あれは しあわせな一日のひとつだった
   数えるまでもなく
   素直なことばをなくしてから
   もう、幾千年がたつのだろう

   柔らかい鉛筆で描かれた
   あなたは頬をそめ
   落としたため息が
   はらはら落ちる
   花びらにみえた

   やがて いつものように
   紙のうえの線描が
   あかりの消える夜のように
   ふるい消しゴムにこすられて
   薄くぼやけてゆく

   やわらかい鉛筆の
   はかない横顔

[ 2017/08/02 15:47 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

猫の手紙



      猫の手紙


      我が家の猫は ときどき、
      手紙をくれる
      それは、猫語で書いてあるから
      ぼくには 解らない

      我が家の猫の手紙は
      くれる毎に長くなる
      最初は一語だったのに
      いまでは、長々と綴られている

      我が家の猫が 書く手紙を
      読み取れない僕が悲しい
      いっそ、入れ替わったら と
      思案するけれど

      我が家の猫に ぼくが書く手紙を
      どうやって 読ませよう
      猫語を知らない ぼくと
      人間の言葉を知らない猫に

      ときどき、街で会う友人たちが
      猫になる
      猫語を知らない ぼくは
      途方に暮れるばかりだ

      そして、
      友人たちと酒を呑むとき
      ぼくは猫になる
      年老いた猫になる

      我が家に一匹の猫
      猫からの手紙は
      立派な書冊になって
      いつか読み解かれる日が
      訪れるのを待っている


これは随分前にブログに載せたものである。
この頃は多くの詩を載せていた。
「誌の料理店」だからと。

いつしかブログの更新もまばらになり、詩を書くことも少なくなってしまった。
また、書いてみようかな、などと思いながら、
古いものをのせてみた。

可愛かった猫も今はもう、見事にな肥満猫になり、
日がな一日寝ている。
齢14歳、執事(山猫軒)が先か、猫が先に逝くのか、
ぼんやり考えているのである。



[ 2017/07/29 20:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

夏休みは箱根

酷暑の夏到来である。
手話講座二週連続の休講で、
この暑さではせっかく覚えたことが老いた脳みそから溶け落ちてしまうのではないか、
とても心配ではあるが、
過酷な講習から解放される安らぎに似た気分のなか、
ハイキングもお休みして、先週箱根湯本の温泉に浸かって来た。
箱根へはこれまで車を利用して行くのが通例だった。
初めての小田急ロマンスカーの小旅行である。
連休明けの火曜日とあって乗客の姿はちらほらと少ない。

ふたりだけの旅行は初めてで、
友人たちと一緒だったり、山歩きの会の旅行だったり、
それなりに楽しいひと時であったが、
また、二人きりの旅もいい。

当初は少し早めに箱根に着いて、山歩きをしようと考えていたのだが、
麗しの君が
「この暑い中歩くのはイヤ!」
というので、やむなく変更、直接ホテルにチェックインすることに。
それが正解だった。
途中から激しい雷雨になり、箱根湯本駅に着いた時は、
土砂降りの雨でややしばらくバスにもタクシーにも乗れない有様となった。
ハイキングを決行していたら、雨の中で、
哀れな山猫軒は麗しの君の叱責を浴びて、
どんなことになったのか想像に難くない。

ともあれ、そのような悲劇を回避して無事ホテルに到着。
投宿した「伊東園ホテル箱根湯本」は先日息子から勧められたもので、
リーズナブルな料金のホテルチェーンである。
一泊二食、食事はもとよりアルコール類飲み放題(1時間半)の触れ込みに
呑兵衛二人組は喜び勇んでお試し宿泊を敢行。

設備は古いもののまあ、あま。
大浴場、露天風呂も合格。
部屋もゆったりしていて◯。
とにかく、期待の夕食は和食セットとバイキングで、なかなかいい。
オプションとして注文してあった「アワビの踊り焼き」も美味。
生ビールから日本酒(燗酒)
飲み放題となれば、喜色満面のお嬢さん。
ひたすらお飲みになります。

所定の1時間30分が終了した頃には
満腹の酔っぱらい二人、部屋に戻って持参のウイスキーを水割りでまた飲む。
酒飲みは何処へ行っても酒を飲むのである。

翌日は朝温泉に浸かって、朝食をすませると、徒歩で箱根湯本駅へ。
20分ほどの軽い散歩みたいなものである。
箱根登山鉄道で「箱根彫刻の森美術館」へ向かった。

庭園の彫刻群やピカソ館を巡る。
ひどい暑さでもなく、歩き疲れた足を「足湯」で癒して強羅に向かい、
ケーブルカー、ロープウエイで大涌谷へ。
中国人の多いこと!
何処へ行っても中国人。
もちろん他の外国人観光客もいるが。
中国人がひときわ目立つ。

帰路のロマンスカーでは中国語を聞かずにすんだのは幸いであった。

2日留守番をしていた我が家の性格の悪いネコは
ちゃんとエアコンをつけておいたのに、
ひどいふてくされようで、いじけた目つきで
「帰って来なくて結構」みたいなのである。

この次は「伊東園ホテル伊東」へ行きたいという麗しの君。
二泊2日<1万2千円>という料金が魅力なのである。
スーパーの安売りが大好きなのと同じだ。

果たして、いじけネコはどんなことになるのやら・・・

来週からは手話が再開。
少しは復習をしなければ教室で冷や汗、脂汗を流すことになる。







[ 2017/07/25 13:40 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

日本手話

足早に時間は流れてゆく。
桜の花が咲いたかと思うと、既に梅雨の季節の到来である。
新緑の五月六月はよく歩いた。
八重山、嵐山、丹沢ユーシン渓谷、この前の日曜日は八王子市、長池公園のウオーキング。
仕事は息子に丸投げしての隠居生活。
とはいっても、まだ全面的に引退ということも出来ない。
一応、毎日何がしかの仕事が発生する。


四月からまた手話講習(中級)が始まった。
早いもので、三年目に突入である。
一向に進歩しない手話ではあるが、若い人たちの中の<老>一点、
しかも、男一人。
13人の中級クラスだが、初級とは大違いで、相撲で言えば序の口から一気に
十両の上位に番付変更なのだ。

不肖山猫軒は<日本語>と<手話言語>の違いをようやく理解しつつある。
<日本語>は音声言語である。
ろう者の<手話>は文字を持たない言語である。
初級クラスで学んだ<手話>は日本語を手話単語に置き換えるという方法だった。
常に日本語が頭のなかにあり、聴者のための勉強だったということに気づいた。
頭のなかから日本語を消し去って、
手話に対峙する必要がある。
それで、
普通に勉強していてはついて行けないと思い、
幾つかの書籍を買い求めた。

日本手話で学ぶ
手話言語学の基礎

(松岡和美)

文法が基礎からわかる
日本手話の仕組み

(岡典栄・赤堀仁美)

日本手話の仕組み
練習帳

(岡典栄・赤堀仁美)

翻訳で変わる日本語と手話の関係
驚きの手話「パ」「ポ」

関西手話カレッジ 
手話文化村(編)
米内山明宏・矢野一規・坂田佳代子(著)

その他にも多数。
分からないなりにDVDを見る時間を多くする。
若い人たちが1年で習得するものを、
山猫軒は三倍かかかると思って手話に取り組むことにした。
黄泉の国からのお迎えがくるのが早いか、
ある程度ろう者とコミュニケーションを取ることができるのが
早いか、時間との勝負である。

老齢ゆえ、物覚えは著しく低下しているし、
指はこわばり、どうたいしりょくも悪く手話の動きについて行け無い。
生徒たちは山猫軒を除けば皆さんお若い女性たちである。

麗しの君は酒を飲むたびに
「いいじゃない、若い人たちの中に一人だなんて」
と言うが、講座の二時間は地獄の業火に焼かれているような、
苦難の時間で、あっという間にすぎて、
夜更けの街をトボトボ帰路につく。

しかし、中級手話講座は講師に恵まれた。
初級のときもいい先生(ろう者)だったが、
中級の講師(ろう者)は日本手話を徹底的の教えてくれる。
毎週月曜日の教室に向かうのが楽しみになっている。

ゴリラのココだって、手話ができるのだから、
山猫軒と性格の悪い猫(マオ)と手話で会話する日がくるのだろうか?






[ 2017/06/07 16:24 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)