あまりに見つめすぎて




        あまりに見つめすぎて



    自らの美貌に気づかないひとに
    恋をする時
    水辺の空は明るい
    今、傍らには居ないのに

    墓地と寺院の間を抜けて
    街の裏通りを歩き
    挨拶する
    見知らぬ人々と

    どうして、ここにいるのか
    ふと、思うのだが
    水辺の散歩道は
    意味深げに微笑むばかり

    自らの美貌に気づかないひとに
    恋した時
    私はしあわせとともに
    未来を設計し始める

    生き続けて
    歩き続けていると
    いつか 私は郷愁のような愛の中で
    小さな風になり

    墓地と寺院の空間で
    私は自らを弔うことや
    死について聞き耳をたて
    若い樹の欲望を探し

    水と空のしじまのなかで
    自らの美貌に気づかないひとを
    見つめすぎたため
    私は優しい風景になる

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[ 2014/11/21 19:42 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

お久しぶりです。3年前の年越詩祭では、お世話になりました。
恋の詩なのに、寺や墓地が出てくるのが、斬新で、胸打たれました。
街の光景が、ありありと目に浮かぶようでした。
それでいて、「水と空のしじまのなか」という青と蒼の静寂さという幻想的な言葉が、
ぽろっと転がっていて、今度は胸がしめつけられそうになりました。

追伸:私事で恐縮ですが、3年ぶりに年越詩祭を開催することになりました。
もしよろしければ、ご参加ください。
[ 2014/11/30 23:18 ] [ 編集 ]

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