「猫と暦」最終章

「猫と暦」手を加えました。
結末を追加しました。
この間は締め切りに追われていたので、不本意な終わり方、
消化不良、言い足らずだったので。

来週、出版社との打ち合わせに行ってきます。
あまり期待はしていません。
別な募集に応募するつもりです。

長い間拙い物語をご愛読いただきありがとうございました。
お礼を申し述べます。


   明るい兆し


この国の統治機能が失われた瞬間だった。
国の立法、司法、行政を司る機関は全て、原発事故で未だ放射能を盛大に放出している東北の田舎町に移転したのである。
勿論、電力会社の本店も当然のごとく、最も放射線量の高い場所にあった。
原発事故による損害賠償訴訟で放射能は無主物と認め、原告の訴えを退けた裁判所もまた無主物の中に移転した。
大災害の混乱に乗じて、被災地のことなど考えずに増税を計ろうとした財務省も公園の池の畔にあった。
首相官邸は電力会社の本店と並んで放射線量の高い場所に引っ越した。
原発以外は何もない、のどかな田舎の風景が一変して、賑やかな官庁街と化したのだ。建物の中にいた役人や政治家達は外に出れば、放射能の洗礼を浴びる。
しかし、こんな危険な所には一秒たりとも留まりたくないと思うものの、逃げ出すにも交通手段が限られていて、全員が退避するには相当な時間を要すると思われた。当然役人も、政治家も地位の高い者から順に逃げることになるのではあるが、不思議なことに彼らが乗り込んだ車はいくら走っても、また元の場所に戻ってくるのである。
首相を始めとする閣僚達とて例外ではない。首相が乗り込んだヘリコプターはエンジンを始動させることが出来なかったし、車に乗り込んで走り出してもまた元に戻る始末だ。
彼らは完全に囚われの身になったといってもよかった。

「直ちに害はないという放射能を思う存分浴びて、原子力の素晴らしさを満喫する機会を得たのだから、文句の付けようがないでしょ」とマチスは、ポックルから現地の様子を聞きながら、言い放つ。
逃げ出せないと悟った首相は大林興造の助言は渡りに船と言った様子で、辞職することを受け入れた。
首相官邸と国会議事堂は首都に帰還した。首相の辞任と同時に、原状回復となったのである。
新しい政権は大林興造と豪腕政治家と評された藤谷太郎の主導でスタートした。
大林新首相はまず、原発の即時停止を発表した。
原発の是非を国民投票で問うとし、そのための法律の成立を最優先課題にすると述べて、野党に対しても協力を要請したのだ。
徐々に、ハナビィとマチス達が望んだ方向へこの国は大きく舵を切っているように思えた。藤谷副総理はかねてより官僚機構の改革を唱えていたから、それに着手する準備を整えようとしている。それと機を同じくして恭順の意を表わした省庁から順に原発から元の首都に帰ってきていた。
頑強に抵抗している省庁もいつまで頑張れるか。明治維新からこの国と共にあった官僚組織は太平洋戦争の敗北後も生き残ってきたが、その敗戦にも匹敵する大震災と原発事故の発生を受けて、対応能力の無さを露呈し、制度疲労は明らかだった。

僕達は最後の仕上げに大林と首相官邸を移動させた後、家に戻って来た。
度重なる穴を通っての移動で流石に、疲労が重たく身体にのしかかってくる。
ハナビィ、マチス、アースたちはまったく疲れた様子を微塵も見せない。
名古屋の化け猫寺か、と心の中で呟きながらマチス達を見やる。
マチスが化け猫寺で修行を積んでいるところを想像してみる。
修行を積んだらあの穴を自由自在に操ることができるというのも面白い。
これは僕の勝手な空想なのである。
化け猫寺はどんなところなんだろうか?
行ってみたいものだとも思う。
ポックルもよくよく見ると猫に似ている。やっぱりハナビィたちはポックルの世界の生き物なのだ。
先ほどもポックルが来て原発の様子とか、大林達の動きを伝えてくれた。
僕は黙ってポックルの話を聞き、マチスが的を射た質問をするのを聞いている。
我が家はハナビィたちが主で僕はまさしく執事と言っていい。
しかし、猫よりも人間の僕が優れているなんて思わない。
存外、僕は満足なのである。

  穴は未来の地球を救う

押し入れの床の穴はあいかわらず黒々とした口を開けている。
さあ、いらっしゃい、どうぞと、言っているようだ。
過ぎた日の暦はその傍らに積み重ねてあり、相変わらず暦をめくるのは
ハナビィの役割だ。
しじゅう、ポックルが現われ、ハナビィ、マチス、アースとおしゃべりをする。
夜になれば白い大きなフクロウが顔を出し、新しい森の様子を語ってくれる。
カタツムリを頭に載せた蛙もやってくる。
時にはウサギたちなど、あの池の畔の大会議に参加していた生き物たちが姿を見せる。
彼らの姿はくっきり見える時もあれば、薄ぼんやりとした影だけの時と、様々なのである。
どうかすると、僕の家はそれらの訪問客で活況を呈する。
そして、その来客達の姿は僕の家だけではなく、街中の空き地や、公園、ちょっとした池などに認められるようになっていった。
まるで、僕の家が向こうの世界と、こちらの世界を結ぶ入り口のようなのだ。繁華街のスクランブル交差点に突如、イタチの夫婦が現われたりする。
捕獲しようとしても彼らを捕らえることはできなかった。
捕らえようとすれば、彼らのその存在が幻であったかのように、人々の前から忽然と姿を消した。
または、す~っと、煙みたいにたなびいて薄れてしまうのだ。
ぼくが部屋の掃除をしている傍らを、アヒルたちが一列になって押し入れの穴に消えていき、代りに鴎たちが飛び出してくると言う具合だった。
もしも、放射能測定の線量計をスクランブル信号機の上に留まった白い大きなフクロウにかざしたら、かなり高い値の放射能を計測したことだろう。
それにしても、とらえどころのない生き物たちの出現は、何かとんでもない天変地異の前兆ではなかろうかと、心配する者も多かった。
まさか、いつ何時、欲に駆られた人間たちが新たな過ちを犯すかも知れないと、ハナビィたちが僕の家を前線基地にして、見張っているのだとは誰も想像することもできなかったろう。

サツキさんがハナビィたちのご飯を持ってやって来た。当然人間用に肉じゃがもある。しばらくするとサブローが酒瓶をぶら下げて顔を出した。
サブローはポックルやウサギ、カタツムリを頭に載せた蛙を認めて、
「こりゃまあ、ご来客中で、ご無礼」と言って帰るのかと思いきや、さっさと家に上がり込み、勝手に台所から湯飲み茶碗を三個持ってきて、テーブルに並べた。
狭い部屋はハナビィたちとウサギたちで賑やかなことこの上もない。
「さっき、テレビで交差点にイタチが二匹出没したと、騒いでいたぜ」
サブローがポックルを見ながら言うと、寝室の奥からイタチの夫婦が顔を覗かせる。
「なんとも、これは!」冷や酒をぐいっと、飲み干してサブローが呟いた。
サツキさんが持ってきた肉じゃがを器に盛り変えて、僕達の前に置いて座った。
さりげなく料理に添えられた絹さやの緑色が嬉しい。
「おいらの好物なんだな、これが」
サブローには遠慮というものがないのである。「おいらのサツキさん」がこしらえた料理とあればなおのこと、誰よりも先に頂くのは当たり前だと思っている。
無精髭の禿げ頭と、ほんのり微笑むサツキさんとは好対照だ。
サツキさんは窓際の日向で甲羅を干している年老いた亀を見ながら、
「でも、どうしちゃったんでしょう。いろんな生き物たちが次から次へと現われるなんて」と言った。
「おいらが思うには、この現象はそーたいせー理論と何か関係がある」
肉じゃがをほおばり、口をもぐもぐさせてサブローが偉そうに答える。
サブローから「アインシュタインの相対性理論」が出てくるとは誰も想像もしていなかったから、僕もサツキさんも思わず吹き出してしまった。
「サブローは相対性理論を読んだことがあるのか?」ぼくが聞くと、
「おいらのクソ兄貴の本棚にあったのを昔ちょいと眺めてみたことがある。
全然理解できなかったことは覚えている。何か問題でも?」
自分が持参した酒を、湯飲み茶碗に注ぎながら言った。
そのサブローの傍を山羊の親子が三匹トコトコと通り、ベランダのガラス戸を抜けて消えていった。
まるで畑の脇道を歩いている風情なのだ。
サツキさん、サブロー、そして僕はしばし黙って押し入れを出入りする沢山の生き物たちを見ていた。
そして、三人はこの家が現実の世界と向こうの世界(ハナビィたちの)とを結ぶ途方もなく暗い穴の中に、浮かんでいるのを感じていたのだ。

世の中は変わりつつある。
目には見えない正体不明の力が人間社会を、チェックしているという恐れを人々は感じ始めている。人間が間違ったことをしたら、その罰が下るかも知れない。不思議な力で。
首相や国会議事堂だって飛ばされたのだから。
また、原子力発電所はこの国だけではなく、地球上に存在している。
その数400基を越え、さらに新たに建設しようとしている原発も多い。
どこかの国の原発が事故起こさないとも限らないのだ。
それは、その周辺の人間たちだけではなく、多くの生き物たちの生命を脅かすことになる。
それらの原発が地球上から全て無くなる日まで、ハナビィたちの不思議な力が消えることはないのだろう。
原子炉の中に閉じこめられている「目には見えない小さくて危険なもの」が永遠の眠りにつくまではハナビィ、マチス、アースの旅は続く。
めくられた暦がどれだけ積み重ねられることになるのか、僕には分らない。
僕の命が尽きた遠い未来のある日、最後の暦がめくられる時、穴とハナビィたちがむこうの世界に帰って行くのだ。
そのことだけは断言しても良い。
きっと、来るその日のことは。




スポンサーサイト
[ 2012/03/22 12:43 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://isoisomao.blog3.fc2.com/tb.php/644-8e17b607