続 猫と暦 第19話 一時帰宅



   一時帰宅


「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
サツキさんが言った。
「なに?」
「一度、家に帰りたいの。猫たちもいるし」
そうだった。サツキさんの猫たちのことをうっかり忘れていたのだ。
「ごめん、ごめん、気がつかないで。すぐ行こう。その前に向こうの様子をポックルに聞かなければ」と僕が言うと、既にポックルは僕たちの前に立っていた。あきれるぐらいにこちらの気持を察知してくれるのである。
「大丈夫ですよ。サツキさんの家は安全です。警察も警視庁があんな所に行ってしまったものだから、手が回らないのです。治安を維持しなければならないし」
とポックルは髭を撫でながら言う。
「僕の家とサブローの所はどう?」
「大林氏の意向なのだと思いますが、監視対象から外されています。当面、問題はないでしょう。何か起きそうなときはお知らせしますよ」
ポックルの話を聞いて僕達は取りあえず家に戻ることにした。
お互いの連絡は絶やさないようにとの確認は怠らずに。
最初にサツキさん、そして、サブローを送り届け、僕達は森の中のログハウスを後にした。

森の中は午後の日差しが長く続いていたが、戻った家は次第に暗闇が溶けてゆく早朝の中にあった。
向こうの時間とこちらの時間は進み方が異なっているようだ。
居間のテレビの電源を入れる。早朝だというのに民放各局が原発に移された中央省庁街の模様を報じている。
また、アメリカなどは被害がアメリカ大使館などにも及ぶのではないかと、人員の避難が既に完了していると言う。いつもながら、逃げ足の早さにはまったく感心する。
電力会社本店も一緒に強制的に移転させられた。しかも、もっとも事故現場に近い場所に置かれたから、最高幹部の中には心臓発作を起こす者まで出る有様だった。
多くのマスコミはこれまで原発容認に近いスタンスをとり、反原発の声を取り上げることが少なかったのに、ここにいたっては我が身にも被害が及ぶのではないかとの思惑から一転して、脱原発に舵を切っているようだった。
各地の原発を抱える自治体の首長たちも一斉に原発反対の声をあげている。
原発がいいか、わるいかではなく、自分たちが事故のあった原発にとばされることが恐ろしいのである。
マチスが言った「電気って、命と引き替えにするほどの、ものなの」
に気がついたこともあろう。
事件が起きて一日が過ぎ、国の中心を失った混乱は大きいが、地方自治体と産業界にはさほどの影響はないようだ。これを機会に地方分権化が一挙に進むのかも知れない。
ハナビィとマチスは食卓テーブルの上で、アースは椅子の上に座り一緒にテレビのニュース番組を見ている。首相の記者会見が始まる様子だ。
カメラの前の首相は原発に送られた警官の車両に置かれていた文書の、
「次は、総理あなただ」
の文字が頭から離れないようで肉付きのいい頬が、時折ピクピク痙攣している。
総理大臣に押し上げてくれた大林興造の言うとおりに原発容認へ方針変更した結果がこの有様である。財務省の言うとおりに増税を進めれば、猛反対あう、
大林興造と官僚の言うことを聞けば原発に送ると脅される。
進退窮まったという表情が見て取れる。
一国の宰相たるものは、自ら考えて決断実行する、そしてそれに責任を持つことが求められるのに、優柔不断で確たる理念など持たないこの男は、大林にすれば赤子の手をひねるようなものだと思う。
その大林が僕らにすり寄っているとはいやはや。
大林にどんな知恵を付けられたのかと興味津々といったところだった。

「国民の皆さんに申し上げます。この度、我が国の中枢である中央省庁群が突然、首都から地方に移動するというとんでもない現象がおこりました。
原因は不明であります。捜査当局も同時に移動していますので、詳細はまだ分っていません。先般起きた原発資料館事件の犯人の仕業ではないかとも考えられますが、本当のことは分りません。
ただ、移動した場所が事故原発の周辺であることを考えればその可能性も排除できません。
現在のところ、移動対象は行政機関と電力会社の施設に限られているようですので、一般の市民の皆様と民間企業におかれましては冷静に行動していただきますようお願い致すところでございます。
さて、この事象がもし、原発を阻止しようとする意図の元で行われたと考えると、まさに我が国対する宣戦布告、反逆であると言わざるを得ません。
我々はこのような理不尽な脅しには屈せず、断固として先に決定した政策を遂行してまいります。原子力は我が国の優れた技術を持ってすれば、安全、安心なものとして利用できると考えております。
安定した電力供給は我が国の産業にとって、国際競争の観点からも必要不可欠なものであります。」
最初のしょぼんとした様子が消えて首相の演説は熱を帯びる。
心なしかまた、いちだんと膨らんだように見えた。
まあ、かえってやりやすくなったと言うものだ。
「人間って、分らない動物ね」マチスが言った。
「ボクの飼い主のユミちゃんは違うよ」アースが言う。
「情けないがこれが人間なんだよ。偉くなればなるだけオカシクなる」
大林が首相を焚き付けたのだろうか?
この強気の元は何だろう。
テレビの音量を下げて携帯を手に取り発信ボタンを押した。
数回の呼び出しで大林がでた。
「大林だ。記者会見を見たろう?どうだ?」
「おまえの入れ知恵か?」
「ふふふ、これでやりやすくなったろう」
そんな事とは知らずに脳天気な首相はテレビカメラの前で原発擁護と増税法案について滔々と述べている。
「それで、会いたいのだが、どうだ」大林が言った。
「よかろう。またこの前の事務所か?」
「そこでよければ」
「いつ?」
「一時間後に」
「今度は直接あの部屋に行くのでよろしく」と僕は言った。

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[ 2012/03/03 14:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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