続 猫と暦 第17話 サブローは語る




  サブローは語る


僕の腕に抱かれていたハナビィが床に飛び降りて、暖かい森の陽光が差し込むログハウスの出窓に座っているマチスのところに行った。
僕はサブローの頭に、ポケットから取りだしたキャップをのせ、ソフアーに腰を下ろした。
アースがちょこちょこ、歩いてきて僕の膝に長い顔をのせる。
サツキさんがお茶を入れてアースの隣に座った。
どうだった?と言うサブローに、僕は大林興造とのことを話した。
黙って聞いていたサブローが口を開く。
「ここいらで、止めておいたらどうかな?」
「理由は?」
「タケさんはこれまでの国の仕組みを壊さなければ新しいものは生まれないと、
言ったよね」
「ああ、そうだ」
「おいらは、そう簡単なものではないと思う。また、必ずしもそれが正しいとも思わない」
「このままで、原発を無くすることはできるとでも言うのか?」
「原発事故はね、起きてしまったんだよ。無かったことにはできない」
サブローはソフアー二深々と身体を沈めて、僕とサツキさんの顔を見る。
「タケさん達には言わなかったけれど、おいらには兄貴がいる。この兄貴が優秀でT大法学部卒業、キャリア官僚出世街道まっしぐらだ。おまけに今回の原発の監督官庁ときている。しかも事務次官候補といわれている」
「そりゃ、たいしたもんだ」
「ところがな、こいつがなんとも、鼻持ちならない嫌な野郎でさ」
「サブローさんにそんな立派なお兄さんがいただなんて!」
サツキさんも思わず言葉をはさむ。
「賢弟愚兄の逆バージョンだ。このクソ兄貴が昔おいらに言った言葉が忘れられない」
「何と言ったんだ?」
「おいらは知っての通りのアホだ。勉強嫌いで高校を出て、すぐに職人になったおいらを兄貴は馬鹿にしていた。何でそんな話になったのか、忘れたが、こう言った」
「世の中は数パーセントの優れた人間と、大多数の凡庸な人間、そして数パーセントのどうにもならない人間で構成されている。俺はその優れた数パーセントの人間だ。おまえは大多数の凡庸な人間なのだろう。しかし、この多数を占める凡庸な人間ほど始末の悪いものはないんだな。民主主義、多数決でいけば、凡庸な人間たちの意見がまかり通ることになる。たいがいその意見はロクでもないものだ。政治家がその最たるものだが、劣った頭脳で何ができる?俺たち官僚の仕事はおまえたち凡庸な人間の要求を受けとって、本来の正しい優れたものに変えることだ。だから、この国から官僚組織を取り除いたら、即、崩壊する。頭の悪い連中が幾ら集まってもいい知恵が出てくるわけがない」
「いやはや、驚いたやつだと思ったね。気分が悪くなったよ。どこまで思い上がっているのか。馬鹿な弟のおいらだからしゃべったのだろうが、官僚達、特にキャリア組は多かれ少なかれそんなところなのだろう」
サブローはそこでことばを切り、サツキさんの入れたお茶を一口含み話を続ける。
「今、タケさん達はこの国の組織を壊そうとしているよな」
「ああ、そうだ」
「官僚機構を事故のあった原発に運び、役人達が右往左往して逃げ出すのを期待してのことだろう。そして、今度は首相官邸、国会議事堂。そのあとはどうする?」
僕は黙っていた。
「原発も愚かな政治家もおいらたちが承認した結果だったのではないかい?
だとしたら、全てを壊して新しいものをこしらえたとしても、凡庸な人間たちがまた同じ過ちを繰り返さないと、誰が言えるだろう。原発事故はね、これはおいらたち国民がしでかしたことなんだよ」
「でも、わたしたちは原子力の怖さを知らされていなかったわ。知っていたらこうはならなかったじゃない?」
サツキさんが言う。
「そう、確かに電力会社も国も出来うる限り都合の悪いことは隠してきたさ。
原子力に限らず全てにそれは言える。しかし、少数ではあったが原子力の怖さを訴えていた研究者、ジャーナリストもいたのも事実だよ。
国民はそれに耳を貸さなかった。マスコミに大きな責任があるけどね。
そして、だれもが形を変えて原発の恩恵に預かってきた。原発事故で避難した人々の中には原発関連で生計をたてている人たちも大勢いる。
もし、原発がなかったらそれらの地方は中央の経済発展に取り残されて、豊かさとは縁遠いものだったのではないか。原発があろうと、なかろうと見捨てられると言う意味では同じだ。
都会に住むおいらたちは電気をジャブジャブ使って快適な生活を送ってきた。
だれもが、原発の怖さなんか感じていなかったから」
「じゃあ、サブローさんは原発が必要なものだと思っているの?」
サツキさんが眉をひそめて聞いた。
「そうは思ってないさ。ない方が良いに決まっている」

「そうかなあ、ボクにはそうは聞こえないけど」
アースが突然サブローに言った。
「ボクたちはただ原発をなくすためには電力会社やそれを進めてきたものを
ボクたちの町に持ってくるのが良いと思ったんだよね。そうすれば、原発の本当の怖さを感じることが出来ると」
「アタシもそう思ったわ。大体最初の原発資料館だけで、済んだはずのことが、すぐに約束を反故にする政府なんて信用できる?」
マチスがあとに続く。
「ちょっと、待ってくれ。おいらの言い方がまずかったようだ。おいらが言いたいのは原発に象徴される国の政策を進めてきたのは、おいらのクソ兄貴の言うほんの一つまみの頭の良い連中、官僚達だということだ。この連中を全て追い出して国民の多数を占める凡庸な人間が彼らに取って代わったら、うまくいくのだろうか?さっき言ったように原発を推進してきた政治家たちを選んだのは凡庸な国民だったのではないか、と言うことなんだから、下手をすればもっと悪い方向へ行ってしまいやしないかと思うのだよ」

能力のない者がやる気を出したときは気をつけねばならない、そんなことを言った男の事を僕は思い出した。確かに我々国民はその時々の社会の雰囲気で一斉に同じ方向を向く。それが良い方向なら言うことはないが、得てして間違った方向へ行ってしまうものだ。太平洋戦争などは良い例だろう。
そう言うことをサブローは危惧しているのだ。
「サブローの言いたいことは分った。要するに原発を止めさせるためにはむしろ国の組織を残したほうが良いと言うことだな。全て壊してしまわずに、ほどほどに」
そう言う僕にサブローは頷き、
「そうだ、これまでのものと折り合いを付けることも大事だ」
「その、ほど、ほど、が難しいところだな」と僕は答えた。
「もう一つ、言わせてもらえれば、この件はタケさん、あんたの個人的なものが背景にあるように思う。学生時代に夢見たものをここで実現したいと考えてるんじゃないか?馬鹿なおいらにはさっぱり、理解できない革命とやらを」
痛いところを突かれた気がした。
「革命」なんと甘美な言葉だろう。それは遠い昔に夢見たものだった。
だが、この時代に、あるいはあの時代にも、革命は成就させてはならないものなのかもしれない。
それが今、不思議な力を持った猫たちと過ごす間に、昔夢見たものが現実味を増して僕の前に現われたのだ。

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[ 2012/02/28 15:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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