続 猫と暦 第14話 路地裏の店

   


 第14話 路地裏の店


「それにしても、この原発事故の一番の責任は誰にあるのかしら?」
サツキさんが眉をひそめ、言った。
「そもそも、原子力を国の政策にした政治家にあると思うが、もしかすると一番、責任が重いのは官僚たちかもしれないね」
僕は今頃になって、次々と事故の対応について、隠されていた事実が明るみに出ていることを指摘して言った。
「官僚は組織としての責任を取らない。常にトカゲの尻尾切りで組織の温存を図る。そのためなら、なんだってするんだ」
僕は続ける。
「しかし、その役人たちの巣を原発に持って行ったところで、そこから逃げ出してまた新たな巣作りをしないか?」
サブローが疑問を投げかける。
「たぶん」
「そしたら、また、動かせばいいわ。あの原発は十年、二十年はあのままなのだから」
マチスが言った。
「二度、三度繰り返されたら、彼らだってギブアップするわ」
ハナビィも、あとに続けて言う。
猫たちのほうが攻撃的なのだ。
「さて、最後の仕上げをする前に行かなくてはならない所がある。
 ハナビィとポックルさんに一緒に行って貰いたいのだが」
ハナビィとポックルは頷いた。
「ポックルさんは人間の目には見えないのだったね?」
「ええ」
「きっと、行こうとしているところには警察が張り込んでいると思う。
ここで、捕まったのではつまらない。あなたなら何でもお見通しだろうから、
危険がせまったら教えてもらいたい」
「まかせてください。たやすいことですよ」

僕とハナビィ、そして人の目には見えないポックルは、首都の眠らない町と言われた歓楽街の片隅に、忘れられたように残っている古い飲食店の立ち並ぶ路地に立っていた。
ハナビィは僕のブルゾンの中にじっとしている。
目指す店は10軒ほど奥の右の木造の二階にあった。
「どうかね、様子は?」
「今のところ人の気配はありませんね」
「店の中は?」
姿の見えないポックルに聞く。
「だれも、店主らしき男がひとり」
「よし、行こう」
古ぼけた木造家屋の急な階段を登ってドアを開けた。
薄暗い照明が灯りジャズが流れている。
僕が入ってゆくとカウンターの中で椅子に座って、文庫本を読んでいた男が立ち上がり、
「いらしゃい、おひとり?」と言った。
成る程、オヤジに似ている。マスターが生きていればもう、八十は超えているだろう。僕の知っている父親の年齢に近い歳に見えた。
「ああ、ひとりだ。ウイスキーをストレートでくれ」
「シングル、それともダブル?」
「ダブルで」
ブルゾンの胸の中でハナビィが身じろぎをした。
ポックルは隣の椅子に座ってすましている。
小さなガラスの皿にピーナッツが一つまみ添えられて、ウイスキーの入ったグラスがカウンターの天板を滑ってくる。
これも、あの頃と変わらない。
「お客さん、始めてですね」
店主はまっすぐに僕の目を見て言った。これもオヤジそっくりだ。
「ああ、あんたのお父さんの時には来たが」
僕も彼の目を見て言う。
「そうですか。オヤジのときですか。いつ頃?」
「かれこれ、四十年前になるかな」
少し二人は沈黙した。
「お父さんには随分世話になったよ」
「父は亡くなりました。癌で五年前に」
「それは、お気の毒に、知っていれば・・・」
と僕は言葉を呑み込んだ。
来るつもりなら、いつでもここに来ることができたのに。
「不思議ですね、続けて昔のお客さんが来るなんて」
沈黙を破って彼が言った。
「ほう、そうかね、いつ?」
「昨日です」
「背の低い、金縁眼鏡を掛けた男だね」
「ええ、そうです。ご存じで?」
「その男からの預かりものがあるだろう?」
店主はカウンターの裏から一通の封書を取りだし、僕の前に置いた。
それをしげしげと眺めてから折りたたんでポケットに入れた。
残りのウイスキーを飲み干し、「勘定を」椅子から腰を上げて言う。
言われた金額は昔よりは高くはなっていたが、驚くぐらい安かった。
一万円札を一枚出して、釣りはいらん、マスターのお線香代にしてくれと、言ってドアを押した僕の背中に、
「佐竹さんですね。すぐ分りました。父がよくあなたの事を話していましたから。写真もあったし、それに額の傷が」
振り向いた僕はまっすぐに見つめる視線を受けとめて、無言で頷き、階段をゆっくりと踏みしめて降りた。
「ポックルさん、どうだ?」
「オカシイ気配はありませんよ」
ブルゾンのなかでモゾモゾしていたハナビィが顔を出す。
「帰ろう、おとうさん」
人気のない深夜の路地に穴が降りてきた。












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[ 2012/01/25 19:55 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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