続 ネコと暦 アースと飼い主



 続 猫と暦  アースと飼い主


褪色した光景の中で若い僕は途方に暮れていた。逃げ場を失った獣みたいに。
また浮かび上がってきそうな暗い思い出に重しするようにアースが僕の膝に身体を乗せる。
平穏な感覚が戻り、僕はサツキさんとアースがいる「コネコネコ」のカウンターに座っていた。
ほんの少しの間だったが心は遥か遠い昔に飛んで行ってしまったのだ。
けげんそうなサツキさんの表情が次第にはっきり見えてくる。
「タケさん、どうしたのよ、大丈夫?」
「ああ、なんでもない。ちょっと考え事しただけ」
常連客が連れ立って入ってきたのを潮に「コネコネコ」を出た。
すでに夜がすぐそこに立っている。アースと共に商店街を通り抜けクリーニング屋の角を左に折れてゆるやかな坂道を登って家に帰った。
何度か後ろを振り向いて誰かが付けているのではと、振り返る。その度にアースは怪訝そうに立ち止まり足元に鼻面を押しつけて、なに?なに?と言う。
たった数日のことだったが黒いダックスフントのアースはもう随分前から一緒にこうして歩いているように思えてならなかった。
家に帰り着き玄関のドアに鍵を差し込んでガチャガチャさせて開けると、ハナビィとマチスが出迎えている。
男たち揃ってどこで何をしてたんだか?といった顔をして上がり框に座っていた。おしゃべりなアースはすぐさま、ハナビィたちに「コネコネコ」のことを報告している様子なのだ。そんな事もあと一日でできなくなる。

僕たちは高速道路を北東に向かい走っていた。午後2時にアースの飼い主に会うことになっている町には県境にある大きな河を渡り十数分走ると辿り着く。
ほとんど車が走っていない高速道路の上を航空機が国際空港に向かって着陸しようと低く飛んでゆく。アースは少しだけ開けたウインドウから顔を出してそれを眺めている。後ろの座席にケージがあるがアースは助手席こそが我が居場所とばかりにそこを動こうとはしなかった。
高速道路はなだらかアップダウンを繰り返すと、開けた視界に大きな河が見えてきた。穏やかな晩秋の中で河は静かにゆったり流れている。
高速道路の終着点は河を渡りきったところにあった。
そこを出て右折して東に向かって車を走らせる。運河にかかった小さな橋を渡った。
道路の脇にはほとんど店らしいものは見あたらない。反対方向の右側にはコンビニが一軒、ガソリンスタンドが一軒見えた。
しばらく行くと大きな交差点で信号待ちをした。右手にショッピンセンターと大きなホテルがあった。その先に待ち合わせのフアミリーレストランがある。
「いよいよ、飼い主さんとご対面だよ」とアースに言う。
アースは尻尾を烈しく振りそれに応えた。やっぱり嬉しいのだ。
少し寂しい気がする。
車をフアミリーレストランの駐車場に乗り入れた。昼食時間を越えているせいか車の数は少ない。アースを車に置いてレストランに入った。
「いらっしゃいませ」と年配のウエイトレスが迎える。
「お一人様で?」
「いや、待ち合わせ」
というとウエイトレスは窓際奥の席にいる女の方を見やった。
その女のいるテーブルに向かった。
「平岡さん?」
「はい、佐竹さんですね」
平岡裕美子は三十代半ば頃に見えた。原発のある町に住んでいたと言う。
今現在は姉を頼ってこの町にいるらしい。夫は原発で配管工として今もなお事故のあった発電所で働いているのだという。
取りあえず犬の確認ということになった。平岡裕美子を車の中のアースに案内した。
「ああ、アーチャンだ、アース、ユミちゃんだよ」
ワン、ワンと喜ぶアース。
アースと飼い主との涙のご対面はかくして無事に行われたのである。
しばらく両者は劇的な再会を喜び合っていたが、アースは店内に入れないので、
僕と平岡裕美子は再びレストランで話を続けた。
僕はてっきり、彼女はアースを引き取るとばかり思っていたのだがどうも、風向きがおかしい。
平岡裕美子が言うことには今身を寄せている姉の所はそう大きな家では無い上に、姉の夫(義兄)は大の犬嫌い。とてもアースを引き取ることはできない。
原発で単身働いている夫と相談してどこか犬の飼える家を探してからにしたい。
ついては、もうしばらくアースを預かってはもらえないだろうか、ときた。
時々アースに会いたいが、ここまで来てもらうのは恐縮だから、自分が出向く。
こうなのである。
僕の娘ほどの年頃の女が懸命に訴えているのを聞きながら、内心アースとの生活が継続することについては喜ばしく思ったが、そうはあからさまに言うのははばかられる。
表向きは渋々という様子を取り繕いながら平岡裕美子の願いは承知したのであるが、アースを保護したいきさつについて聞かれた時は実に困った。
あの町は立ち入り禁止地区になっているから、一般には入れないのである。
僕は工事業者(通信・電気工事)として行った時にアースを保護したと説明した。納得したのか、しないのかは分らないがとにかくそのように答えるしかない。そんなやり取りをして、少しでもアースと過ごしたいと言う飼い主とアースでその日の夕方まで近くにある海辺の公園で過ごした。
平岡裕美子は可愛い顔立ちの女だった。前髪で額を隠し伏し目がちに言葉をゆっくり選んで話をする。子供がいないということもあるのだろう。
最初の印象よりはずっと若い。アースは飼い主と一緒に暮らすのが一番いいと、
公園を歩く姿を見ながら思っていた。
日が暮れる前に僕たちは別れを告げて、アースは飼い主と再び別れ、僕と車に乗り帰りの途についた。アースは飼い主との別れに悲しげに啼いていたが、
「そう啼くな、ユミちゃん、おまえに会いに来るって言ってたぞ」
というと、ぴたりと啼くのを止めて実に穏やかな顔で窓の外を見ているのだった。










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[ 2012/01/10 01:10 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

かつての「ユロット」のママ、山猫軒さんの
恋人とその飼い犬が、それとなくストーリーに
入ってきましたね。これらの登場人物がどのように
絡んでいくのかしら?
[ 2012/01/11 23:09 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

トパーズさん
おやおや、すっかりお見通しですね。
さて、どうなることやらです。
[ 2012/01/13 00:22 ] [ 編集 ]

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