続 猫と暦 アース

 続 猫と暦


まずは、三匹の食事を用意して、パソコンの電源を入れた。
メールを開く。何も変わったメールはなかった。
ブログを開いた。マチスとアースの飼い主の情報は寄せられていない。
無理もないことだ。肝腎なことは伏せているのだから、これで飼い主が見つかったとしたら、余程の幸運に恵まれたというものである。
さしあたりなんの感触も得られないので、アースを連れて外に出た。
猫と違って犬は毎日の散歩が欠かせない。
それが面倒なようでもありまた楽しみとも言える。
深まる秋の住宅街の夜は静かだった。アースの脚の爪が舗装を擦るカシャカシャという音が暗がりに吸い込まれて行く。アースは大きな耳をひらひらさせながら電柱や立木の根元でクンクン匂いを嗅いで後ろ足を上げる。
アースに連れられて歩きながらあの日のことに思いをめぐらせていた。
果たしてあれで良かったのだろうか、電力会社も国も原発から撤退すると云ったが本当に実行するのだろうか、ほとぼりが冷めた頃にまたぞろ電力不足を理由に原発の稼働を再開なんてことになりはしないだろうか。
簡単にこちらの脅しに屈したのがどうも気に入らないのである。都会の片隅に身を潜めなければならなかった長い年月が猜疑心のアンテナを伸ばす。
証拠は何一つ残さなかった。大丈夫だ、ここまで辿り着くわけがない。
考えすぎだ。
アースが立ち止まり振り向いた。鼻が月明かりに黒く濡れて光っている。
どうしたの?へんだよ、そんな目で僕を見た。
なんでもない、ちょっと考え事をしていた、と無言で答える。
帰り道はアースを抱いて坂道を下って登り家に帰った。

眠りから覚めた翌日、仕事はなかった。
ここ二、三年というものはめっきり仕事が少ない。かろうじて、ひとり暮らしの生活を支えるだけの仕事が時折舞い込むだけだ。無聊をかこつ日々にハナビィの他に二匹が加わりどことなく家の中が騒がしく、それが嬉しかった。
マチスもアースもどうやらこの家に思いの外早く馴染んだようで、一通り狭い家の中を探索して自分たちの居場所を決めたようである。マチスはパソコンが気になるらしく机の上から離れない。ハナビィはプリンターの上からそんな母を見ている。猫たちは無口だがアースはうるさい。何かというとワンワン叫ぶ。
無口な猫たちも時々家の中を駆け回りそれにアースも加わり、どうにも手が付けられないことになるのだが、不思議とそれも楽しい。
午前中の運動会が終わり三匹揃って毛繕いをし始めた頃、パソコンにメールが一通届いた。九州のブロトモからだ。彼女がツイッターで書き込んだマチスとアースについて情報が寄せられたとある。
アースの飼い主らしい人から問い合わせがあったのだ。その飼い主らしい人のメールアドレスが記されていた。素晴らしい、便利な時代になったものである。
あっというまに情報が伝わる。
果たしてアースの飼い主であるものかどうか分らないが取りあえず連絡をとることにして、その人にメールを送った。アースの写真を添付して。
しかし、犬の名前がアースです、とは言えない。まさか犬と話が出来ます、なんて言うわけにはいかないのだ。何かと気をつかうことではある。

午後のアースの散歩から帰るとメールが届いていた。アースの飼い主らしき人からだった。

佐竹様

 ご丁寧なメールありがとうございます。お預かりのダックスフントは
私のアースのようでもありますが、実際に会ってみないと分りません。
別れてから随分時間が経っていますから元気でいることが信じられない気持ちでいっぱいです。ご都合のよろしいときにワンコと会わせていただけませんでしょうか。ご連絡ください。

平岡裕美子

とあり連絡先が記されている。現在居るところはこの町から東に150キロ
程の所にある地方都市であるらしい。高速道路を走れば1時間半位だろう。
「アース、飼い主らしいひとがいたぞ。会いに行くか?」
と言うと、アースは嬉しそうに尻尾を振りながらワンワン言う。
それにしても、アースを保護したいきさつをどう説明したものだろう。
そもそも、飼い主と別れてから半年以上もたっているのだ。にこんなに元気なのが不思議なくらいだ。あれこれ考えていても始まらないので適当にごまかそう。なんとかなるだろう。
ハナビィにアースの飼い主が見つかりそうだと、言うと、ハナビィはアースに頭をすり寄せて少し寂しげな様子をみせている。
平岡裕美子とメールでやりとりした結果、二日後の日曜日に車で彼女の居る町までアースを連れて行くことにした。
その日の夕方「コネコネコ」にアースを連れて行った。返す前に一度サツキさんにアースを見せておきたいと思ったからだ。
店に入っていった僕とアースを見て料理の下ごしらえをしていたサツキさんはぱっと笑顔を浮べ、
「あらら、言っていたワンちゃんね、利口そうだこと、名前は?」
「アース」と僕。
「猫も可愛いけど、アタシ、ワンコも大好き。タケさん良いわね、猫もワンコもだなんて」
「残念でした。このこは飼い主の所にかえります。一時預かりでした」
「なんだあ、こんなに可愛いワンコなのに」
サツキさんは心底がっかりした口調で言う。そんなサツキさんにアースは尻尾を振っていた。
「で、猫は?」
「猫は今のところいる。先は分らないがね」
アースは隣の椅子の上に行儀良く座って尻尾を振っている。
「アースちゃんに何か上げられる物はなかったかなあ」
サツキさんが冷蔵庫を覗いている。それを聞いたアースは嬉しそうにワンワン言う。
「あら、このこアタシの言うこと、わかるのかなあ」
冷蔵庫から鶏の唐揚げを出して電子レンジに入れると、微笑みながらサツキさんはカウンタから身を乗り出し、アースの頭を撫でた。
実はアースは僕たちの言うことが分るのさ、と言いたい気持ちを抑え僕は出されたビールを飲んだ。
アースはサツキさんから貰った唐揚げを美味そうに食べている。
「コネコネコ」でアースと一緒にサツキさんを前にして酒を呑むなんてことは
これが最初で最後かな、と思うと切ないのであった。
「コネコネコ」のテレビがニュースを報じている。また、原発関連のニュースだった。それによると現在稼働中の原発は継続するということだった。時期を見てということらしい。嫌な予感がする。昔そんな気持ちになったことを思い出していた。遠い昔のことであった。記憶の底に沈めたはずのことであった。





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[ 2012/01/05 03:58 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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