猫と暦 その十七 記者会見


      猫と暦 その十七 記者会見


池の畔の大きな樹の影が静かに、静かに水面を滑るようにとてもゆっくり演壇の石に近づいていった。演壇の石の上ではこれからの計画がいかに難しいものであるかを説明しているハナビィの里親の姿があった。
「ちょっと、待ってください!」
池の縁をチョロチョロ走ってきた鼠が言った。
小さな灰色の鼠は黒い目をクルクルさせて里親の所に辿り着くと、
「ボクたちはいつも海辺の発電所の周囲で生活しています。なぜなら、あそこは暖かいし、人間が近づかないところだからです。
確かに、フクロウさんが言ったようにボクたちの仲間、とくに発電所の中を縄張りにしていたもの達は随分酷いことになりました。
けれども、そこから離れていたボクたちは取りあえず難を逃れて、ここにいます。
言いたいことは、あの発電所に入る方法があるということなのです。
発電所を遮っている塀は海に面した所には脆くなっています。
ちょっと力を加えたら人が一人通れるくらいの隙間ができます。
それは、ボクたちだけが知っていることだから、その時が来ればボクたちがお手伝いしますから安心してください」
ハナビィの里親の心配事はこれで一つ解消することになった。
「防護服とマスクのことならオレたちにまかせてくれ」
大きなフクロウのいる隣の木の上から烏が、
「発電所の中のことなら隅から隅まで分っている。防護服やマスクのある所はお見通しだ。そんなものは今すぐにでもさらって来てやるぜ、任せておきな」
と言って数羽の烏が海辺の発電所に向かって飛んでいき、これで、ハナビィとその里親の心配事はまた一つ解消された。
池の畔の大きな樹が落とす陰は更に演壇の石に近づく。
「そろそろ、向こうに行く用意をしたほうがよさそうですよ」
この世界には居ないはずのポックルが里親に声をかけた。
樹木のてっぺんの葉の影が演壇の石に触れるように揺れている。
ハナビィと里親は大急ぎで池を離れて小高くなった花壇の所に行った。
人の手入れが無くなった花壇は花々が思い思いに勝手にあっちに向いたり
こっちに向いたりして、それでも美しく色とりどりに咲いているのである。
里親はハナビィを胸に抱いて空を見上げる。頭上の穴がすっと降りたかと思うまもなく彼らを呑み込んで消えた。
池と池の周りの生き物たちは、息を凝らし、しんとして見つめていた。

首相官邸では報道関係者の動きがあわただしくなっていた。首相の緊急記者会見が始まるところだった。時刻は午後10時になろうとしていた。
それと相前後して、アメリカ大使館から何台もの車が車列を作って走り去ったのが目撃された。そのほかの主立った国の大使館からも一部の館員を残して、大勢が何処へともなく去っていった。
そして、そのころ、伏せられていた情報が何処からともなく漏れだし、マスコミのもとに届き始めていたのを、首相官邸が知るよしもなかった。
人々の関心が首相の記者会見に集まっていた頃、ハナビィと里親は押し入れの床の穴から部屋へ戻ってテレビの画面を見ていた。

首相の記者会見が始まった。
「えー、これから、今日夕刻、電力会社本店の敷地内に○○町原子力資料館と称する建物が突然出現したことについて私からご説明申し上げます。
この現象につきましては、ただいま専門家の調査の結果を待っているところでありますので、しばらく時間を要すると思っております。
また、この建物は若干の放射能が認められものの、現在のところは直ちに害があると言うことではありませんので、国民の皆様には落ち着いて行動されることを望みます。」
と言葉を切った首相に記者からの質問が始まった。
「この件について、電力会社はどのような対応をしているのか、また、測定された放射線量はどのくらいなのかをお聞かせください」
大手新聞社の質問であった。
「電力会社は精力的に迅速に事に当たっているとの報告をうけています。
放射線量等については後ほど原子力保安院から発表がありますのでそちらで確認してください。」
首相は余裕たっぷりという風に記者の質問を受けていたが、最後に駆け込んできた新聞社の記者が荒い息を吐きながら、
「○○新聞××です。最後にひとつ、お聞きしたい。今入ってきた情報によると、あの建物の入り口には紙が貼られていて、それは警告文書のようですが、それは本当ですか?もし、それが本当のことなら、ナゼここでそれに触れないのかをご説明願いたい。」
噛みつくように叫んだ。
太った首相もこの時ばかりは一瞬にしてシュゥッと萎んだようになった。
走り寄った秘書官から耳打ちされた首相は、
「その件は初耳ですので、改めて会見します。ではのちほど」
と逃げるように会見場から姿を消した。

居間のテレビで記者会見の様子を見ながら、ため息ばかりをついていた。
「やっぱり、だめか」
出来ることならこれ以上のことはやりたくない、そう思う。
「ハナビィ、悲しいね、これが人間というものなのだよ」
ハナビィを抱き上げて心底悲しそうに言った。
テレビの画面はスタジオに切り替えられて、文書の内容を伝えている。
こうして、部屋に猫といると池の会議などと云うものは、無かったことのように思える。勝手な空想だったのではないのか、酔っぱらいの妄想ではないのか、
膝の上に猫の重さを感じながら考える。柱時計の針は10時半を少しまわったところを指していた。携帯電話の呼び出し音がプルプル突然鳴りだした。
思わずビクッとなって、心臓の鼓動が早くなりそして、収まった。
受信ボタンを押して携帯を耳に当てると、
「どうしたの?何度もかけたのに」
ときどき行く酒場のママだった。
「ちょっと、出かけてた。携帯を持って行くのを忘れていたから、ごめん」
馴染みの連中が来ているから、顔を出さないかという誘いだったが、断って携帯を切りテレビの電源をオフにした。
急に疲労感がずっしり身体にのしかかってくる。
台所に行き冷蔵庫を開け牛乳を取りだし、グラスに注いだ。
冷たいミルクが喉を通り胃に流れ落ちるのを感じながら、痩せた黒い牛のことを思い出していた。あれは本当のことだったのだ。
それから、ハナビィにご飯を与えてそれを食べ終えるのを待った。
時間は11時になろうとしていた。1時間近くいることになる。
「さて、そろそろ行くとしようか」
ハナビィに声をかけて押し入れの戸を開ける。
穴はないのではないかという思いが頭の中を走った。
が、しかし、やはり穴は黒く深い闇の口を開けて待っていた。











































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[ 2011/12/05 12:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

首相の様子や発言の箇所がとっても
笑えます。
[ 2011/12/05 23:52 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

トパーズさん。
実際にこうなるのじゃないかなと思って書いています。
ぼくは首相に会って話をしたことがありますから。
それも、内密で。



[ 2011/12/07 13:21 ] [ 編集 ]

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