猫と暦 その十四 移動試験




        猫と暦  その十四 移動試験




この世界ではない別の世界というものがあって、そこに棲んでいる生き物などが現われたりするほどに、海辺の発電所の事故は大変なことのようなのである。
花ちゃわんという生き物もなかなかの物知りであるようで、別の世界にいるとは言うものの、どうも、こちら側の事情もよく分っているようなのだ。
この国の仕組みなどの知識はどうして、この池に集まった生き物たちの遠く及ばないものがあるのである。
「では、ハナビィさん。今し方旅の途中というお方から提案があったが、
これについてはどう思いますかな?」
カタツムリを頭に載せた蛙が云う。
「これはお養父さんと相談してみます。だって、アタシは電力会社の本店のあるところも、政府のあるところも知らないのよね。」
そうハナビィは答え、里親と言葉を交す。

「お養父さん、あの、花ちゃわんとかいう生き物の云うことはどう思う?
「そうだね、それがいいかもしれないね。あの建物がここの建物だと云うことは一目瞭然だし、かなり放射能に汚染されているから、きっと、大騒ぎになると思うよ。それにあの建物の大きさだったら電力会社の敷地に収まりそうだし。」
と里親が言った。里親は電力会社の本店のあるところをよく知っていたのである。電力会社へは行ったことはなかったが、その隣のビルにしばらく仕事で通ったことがあったのだ。
ハナビィはそれを聞いてまた、議長の蛙の所に走り寄り、
「議長さん、お養父さんもそれは良い考えだって言っています。
だから、早速、やってみましょう。」
と言った。
「そうか、では、満場の諸君、花ちゃわんさんというお方からの提案によって、
あそこにある建物をハナビィさんと里親さんに電力会社の本店にもっていってもらうことにしたいと思うがよろしいかな?」
カタツムリを頭に載せた蛙はどのような大会議でも立派に議長を務められる程堂にいったふるまいなのである。
「異議無し!異議無し。」
の声が地鳴りのように響くのであった。

ハナビィと里親が公園の小径を建物の方へと歩いて行った。その後をゾロゾロと数え切れないほどの生き物たちがついて行く。
頭上の穴はあたかも、ハナビィの影であるかのようにハナビィたちについてくるのである。
<○○町原子力資料館>と銘打たれた立派な建物の壁面のガラスには海辺の発電所がわずかに映っている。
ハナビィたちはそのエントランスホールのドアの前に立った。
その時、花ちゃわんが数枚の紙とサインペンを持って現われ、ハナビィたちに
「ただ、このまま送り届けるよりも、こちらの要求事項を書いて玄関のドアに貼っておいたらどうでしょうか?そのほうが良いと思うのですが。」
と紙とサインペンを差し出した。
思わずハナビィと里親が顔を見合わせて頷き合ったほど、まことに行き届いた
ことなのである。云われてみればまさしくその通り。この建物を送り届けてもこちらの意志を明確にしなければ何にもならないのだ。
試しに動かしてみるこの資料館が首尾良く電力会社の本店の敷地に着地しても、
そのぐらいの出来事ではびくともしない恐れがある。電力会社のエライ人たちはすぐさま安全な場所に逃げ込んで事の収拾を図ろうとするに違いない。
この建物はほんの小手調べで、きちんとした対応をしなければとんでもないことになるぞ、という意味のことを書いておかなければならないのである。
ハナビィの里親はその紙にこう書き留めた。

<告>

この建物は○○町原子力資料館である。
これは貴社並びに国がここに建てたものであるので、
お返しすることにした。
たっぷりと放射能にまみれているからそれもお返しする。
これを念頭において、原子力発電所を続けるのか、
それとも、廃止するのかを決めて貰いたい。
それとともに、これまで国民に隠してきたことを、
一切合切すべて明らかにして、今後原子力の使用は行わない
ということを表明するよう要求する。
もし、原子力発電所をこの国から無くさないというのであれば
次ぎにもっと、大きな物を送り届けることになる。
例えば事故を起こした原子力発電所などを。
回答は六時間後にテレビで発表するよう要求する。

電力会社とこの国の政府へ

○○町の全ての生き物一同


「こんなところでどうでしょうか。」
ハナビィの里親は大きな声でそれを読み上げて建物を取り巻いている生き物たちの返事を待った。
じっと聞き入っていた生き物たちが口々に賛意を表わしたのを見て、里親はエントランスのガラスドアにその警告書を貼り付けた。
「それでは、移動させますから、皆さんは離れてください。
そうでなければ一緒に行ってしまいますから。念のため遠くで見ていてくださいな。」
ハナビィがそう言うと生き物たちはあわてて、資料館から離れ遠巻きにして眺めているのであった。
ハナビィが里親に云った。
「お養父さん。目を瞑って電力会社のあるところを頭に思い描いてください。アタシを抱いて。お養父さんと来た日の時間にいきましょう。」
「うん、分った、やってみよう。」
建物の前に立ったハナビィたちの上の穴が不気味な動き方でシュワ~っと広がった。建物全体を呑み込むようにそれは降りてくるのである。
そして、ス~っと建物が消え失せた。その後にはすこし湯気が立っているような感じの黒い地面が広がっていた。
遠巻きにして見ていた生き物たちは一様に無言で大きなため息をついたりしているのであった。
穴は最早その上には浮かんでいなかった。空だけが広がっていた。

ハナビィと里親は建物と共に穴のなかに浮かんでいた。あまりの早さで動いていたので、留まって、浮遊しているような感じなのであった。
身体も感覚も全てがばらばらに解きほぐされて細かい塵のようになっている。案外に幸せな気分なのであった。幸せというのも変だが言葉にするとそのようなものなのである。

遅い秋の黄昏であった。都会の空は明かりを失いつつあった。
高架を走る電車には沢山の乗客の姿があり、道行く人々も多かった。
11月にしては暖かく、電気はふんだんに使われ、夏の節電などは無かったかのようにショウウインドウは華やかな明かりを振りまいている。
道行く人々もあの日のことなどすっかり忘れているかのように歩いている。
その中にそれは忽然と現われた。電力会社の本店の脇の僅かなスペースにそれはうまい具合に収まっていた。あまりに自然だったために少しの間は誰も気がつかなかったほどである。しかし、その上に浮かんでいる穴に仰天した者は多かった。
携帯やデジカメで写真を撮ったりしているものもいたが、突然現われた建物の前に猫を抱いた男が立っているのには誰も気付かなかったのである。
その男は周囲を見渡して軽く頷き、抱いた猫の喉を撫でて、空を見上げた。
黒い穴は垂直に降りてきてその男と猫を吸い込んで、消えた。
あっと、いう間の出来事であった。
まず、最初に警備員が駆けつけてきた。巡回中の警備員だった。
そして、ビルの管理会社の担当者と警察官が、ほとんど同時に赤色灯を回転させて数台のパトカーが到着した。
十分後には周りは人で溢れた。すぐに立ち入り禁止のバリケードが置かれた。
感心するほど手際が良かった。
電力会社は常々、原子力発電所事故に対する様々な嫌がらせの手紙、メールを送りつけられていたので、警戒は怠りなかったのである。
しかし、このような物を送りつけてくるとは想像もしていなかったから、駆けつけた電力会社の幹部社員もただただオロオロするばかりなのであった。
ビル管理会社の社員が建物の<○○町原子力資料館>というサインに気がついて、大急ぎで放射能の線量計を持ってくるように連絡をとっていた。何度も言い直さなければならないほど声がうわずり、冷静さを欠いているのである。
その間に警察官と電力会社の幹部社員はエントランスのガラスドアに貼られた一枚の紙を見て、読み終えるとそれを携帯で写真を撮り上司に送っていた。
あるはずがないことが起きているのであった。
考えてみれば海辺の発電所事故だって電力会社と学者、専門家に云わせれば、
「起きるはずが無い」ものであったのが「起こった」のだから、何が起きようと不思議ではないはずなのだが、実際起きてみると右往左往するばかりなだ。















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[ 2011/12/02 11:45 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

移動試験で○○町原子力資料館が、
遂に、東電本店脇に移動。
くくっ 胸がスキッとしました。
之は、序の口。これからがお楽しみ~♪
[ 2011/12/03 07:29 ] [ 編集 ]

なるほど

なるほど、こういう展開だったのですか・・・
よく流れを考え文章に~拍手パチパチです。
人や社会への問題提議になるかの作品
この後の結末を楽しみにしています。
[ 2011/12/03 12:13 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

トパーズさん
ご愛読ありがとうございます。
これからまだ、まだ、続きますので・・・


[ 2011/12/03 14:30 ] [ 編集 ]

Re: なるほど

まこさん。
これから、どうなることやら、お楽しみに・・



[ 2011/12/03 14:31 ] [ 編集 ]

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