猫と暦 その十一  母親マチス

    


    猫と暦 その十一 母親マチス



座り込んだ牛の傍らにいるハナビィの所へハナビィの里親が近づくと、ハナビィはまだら模様の尻尾をステッキのように立てて、ぷるる、と震わせた。
ハナビィは尻尾の先と手足の先が白いのである。
そして、仔猫の時ほどではないが耳が大きい。
小さなキジトラ模様の顔に大きな耳がどこかただならぬ雰囲気をかもしだす。
そんな猫のハナビィが驚くほど大勢の動物たちや、生き物たちをここに集めたことなどが里親にはにわかには信じがたかった。
歩きながらハナビィの里親はズボンのポケットに入れた手に何かが触ったのを感じた。今まで気付かなかったことだ。取りだしてみた。
なんと、それは単三乾電池であった。押し入れの床の穴を調べたときに落としてみた乾電池と同じものだ。あのときは不用な乾電池を一個だけ見つけて穴の中に落としてみたのだ。
ポケットに入れた記憶はない。
すると、その乾電池は穴の中に落とした物と思わざるを得ないのである。
乾電池をまたポケットに戻して、里親がハナビィを抱き上げるとハナビィは、ぐるると、喉を鳴らす。
ハナビィを抱いて白い大きなフクロウがいる樹の下に行くと腰を下ろした。
「ハナビィ、少し聞きたいことがあるけれど、いいかい?」
里親が膝の上のハナビィに云った。
「うん、いいよ、何でも、聞いて。」
ハナビィは里親を見上げて応えるのである。
「おまえは、何度もここに来たと云っていたが、何をしていたの?」
「最初はね、お母さんや、兄弟たちのことを探したの。」
「それで、お母さんたちに会えたの?」
「うん、会えた。結構元気だったよ。」
「それから、どうしたの?」
「それからはね、お母さんにいろいろなことを聞いたのね。
飼い主たちが猫や犬を置いて逃げていってしまったことなんかも。
アタシ、お養父さんとテレビを見ていて、ここのこと知っていたから、すごく、つらかった。」
「それで。」
「うん、アタシ、お母さんに、アタシが出来ることはなに?って、聞いたの。」
「そしたら。」
「お母さんがね、そしたら、こう言ったの。おまえが遠い向こうから来ることが出来て、ここで、どんなことが起きているのか知っているのなら、ここに残されたものたちの力になりなさい、おまえにはその力がある、って。」
「そうだね、おまえにはその力があるのだろう。でも、どうしたらいいのだろうね。」
「アタシにそんな力があるかどうかは分らない。だけど、お養父さんの助けがあれば、もしかしたら何かできるかもって、思ったよ。」
「それで、僕をここに連れてきたんだね?」
「ごめんなさい。お養父さんがアタシのこと、暦をめくっているところを見ていること知っていたの。きっと、変に思って押し入れを探すだろうって事も。
でも、そうでもしなかったらお養父さんをここに連れてこれなかった。」
ハナビィはつくづくすまなかったといった感じで目をパチパチするのである。
「それなら、あんなことをしないで云えば良かった。こうして話ができるのなら。」
と里親が言うと、ハナビィは、
「出来なかったの、だって、あの穴を通ってきたからアタシ達こうしてお話しができるのよ。蛙さんや亀さんとだってお話しができるでしょ?」
そういうことなのだ。蛙や亀たちと話が出来、フクロウの云うことも、牛の怒りの言葉も理解できるのはあの穴のせいなのである。
膝の上のハナビィの背中をそっと撫でている里親の肩を後ろからとん、とん、と叩く手があった。
振り向くと白い猫が右手で里親の肩を叩いているのである。耳の大きい優しそうな猫であった。
「あっ、お母さん、どこにいたのよ、探したのに。」
ハナビィは里親の膝から飛び降りて、白い猫にすり寄った。
お母さんと言われた白い猫はハナビィの身体を舐めているのである。
それはハナビィの母親だったのだ。
「このたびは、娘がたいへん、お世話になりまして、本当にお礼の言葉もございません。この子の母のマチスと申します。」
その猫は実に丁寧で上品な物腰で里親に云うのである。
「いえ、いえ、とんでもありません。僕の方こそ十分に面倒をみることができなくて、申し訳ありません。」
等と、ハナビィの母親と里親は初めての挨拶を交すのであった。
「こんなことになって、いったい、どうしたらよろしいのでしょうねえ。」
マチスは心底心配している様子で、髭を奮わせて云うのであった。
「お母さん、僕も何が何やらサッパリ分らなくて当惑しているところです。
どうしたものでしょうか?」
とハナビィの母親と里親が話をしていると、ハナビィが間に入って、
「お養父さん、アタシに少し考えがあるの。力を貸してください。」
と言った。
「どんなことでも、力になる。云ってごらん。」
本当に力になどなれるのか、甚だ心許なかったが里親は自信ありげに応えるのである。
ハナビィとその母親マチスにじっと見つめられては誰でもそう答えただろうと思いながら里親はハナビィに聞いた。

「ところで、ハナビィ、あの穴だけど、どんな所へも行けるの?
それと、家の時間とここの時間はずれているよね。というか、ここは過ぎてしまったはずの時間だと思う」
「アタシもよく分らない。どんな所へも行けるような気がするの。
アタシがそう望めば。
ただ、過ぎてしまった日には行けると思うけれど、
それは限りがあって、これからの日には行けない。
過ぎてしまった日も行けるのは、アタシが暦を剥がした日だけなのよ。
押し入れに積んであった暦の日にだけ行けるのよね。
だから、あの穴から行けるのはあの穴が現われた日、あのことが起きた日から、
お養父さんが穴に落ちた日までの限られた時間に、アタシがそこに行きたいと望むとそこに行ける。」
「あの穴を通れるものはハナビィと僕だけなのだろうか?
たとえば、あそこにいる生き物たちや大きな家のようなものは運んでいけるのだろうか?」
里親はズボンのポケットから単三乾電池を取りだして触りながら尋ねる。
「それもね、アタシがそこにいて、そうしたいと望めばあの穴はどこまでも大きく広がって、それを包み込み希望するところへ運んでくれるわ。」
ハナビィと里親はそれぞれが同じようなことを考えながら、
空に浮かぶ黒い穴が静かに開いたり閉じたりしているのを眺めていた。








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[ 2011/11/25 11:13 ] 未分類 | TB(0) | CM(3)

マチス!
[ 2011/11/25 13:20 ] [ 編集 ]

佳境に入ってきましたね。ドキドキ~
[ 2011/11/26 02:17 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

TSUさん。
お宅のマチスを拝借しました。
お母さん猫ですからね。

> マチス!
[ 2011/11/28 23:40 ] [ 編集 ]

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