猫と暦 その十 人間という愚かな生き物



「詩の料理店」が何故このようなおとぎ話のような物語を書き始めたのか、
実のところ本人も首をひねっているところなのである。
確かなことは<フクシマ原発事故>のことが頭から離れないこと、
そしてそれを詩では表せないもどかしさを感じていたことである。
そうしたとき、川上弘美の「神様2011」を読み、彼女のいくつかの小説や、
エッセイに触れたのである。
それが、長い物を書いてみようという気持ちにさせたと思っている。

面白いことに書き進むうちにどんどん空想は膨らむのだ。
だから、書き終えて推敲したら、少し違った感じに成っているのかも知れないが、
大筋では変わらないだろう。
あとしばらくで、物語の後半にさしかかるが、
今そのことばかりを考えている自分がオカシイ。






    
     猫と暦 その十  人間という愚かな生き物




白い大きなフクロウの話は池の周りに集まった生き物たちの中に、深刻な沈黙の時間を作り出し、またもや皆重苦しい空気に支配されてしまうのであった。
「ただいまフクロウさんから重大な情報が寄せられたが、これについて、人間に説明を求めたいので、ハナビィの里親は前に出てください。」
カタツムリを頭に載せた蛙は再度ハナビィの里親に証言を促した。
再び池につきだした大きな岩の上に進み出たハナビィの里親に、
「さて、フクロウの話が本当であれば<目には見えない小さな危険な物>はすでにこの地方の生き物にとってはのっぴきならないことだといっても、良いと思う。
そこで、この<目には見えない小さな危険な物>によって、死んだ人間はいるのか、また生き物たちの身体にどのような悪さをするのかを、説明してもらいたい。」
すっかり議長としての貫禄が身に付いた蛙がハナビィの里親に云った。
「先ほども申し上げたとおり、僕は専門家ではありませんから、聞いた僅かなことしかお話しできません。
フクロウさんの話は本当だと思います。発電所の近くはとても高い値の放射性物質で汚染されています。壊れた原子炉を冷やすために注いでいる水は逃げ場を失って工場の地下室に溜まりつつあり、その一部は海に流れ出しているのではないかと見られています。
当然これらの水は想像できないほどの<目には見えない小さな危険な物>を含んでいます。空気中にばらまかれた放射能の一部、重たい物はこの近くに、軽い物は遥か遠くまで飛んでいきました。
ご質問のこの事故での死んだ人間についてはまだいないと云われています。
一度に高い放射能に触れたり吸い込んだりしなければ、すぐに命を落とすことはないようです。ゆっくり、長い時間を掛けて身体を蝕むのでしょうね。
これまでにこのような大きな原子力発電所の事故は二度起きています。遠い国ですが、その事故の処理は未だに終えていません。
とにかく、放射能はどのようなものでも突き抜けてしまうから、近寄れないのです。それと同時にその影響も長い時間を経て出てくるのですから、一体全体病気の原因が<目には見えない小さな危険な物>によるものなのかどうか、はっきりしないのです。
北の方の国で起きた原子力発電所の事故ではその後たくさんの子どもたちが癌という病気にかかっているとも言われています。
育ち盛りの子どもたちが一番その影響を受けるようなのです。
この国では随分昔に戦争がありました。その終り頃に原子爆弾というものが、二つの町に落とされて大勢の命が失われました。原子爆弾が使用されたのは世界でこの国だけなのです。
だから、本当はこの国の人間は原子力ということには他のどの国の人間よりも大いなる恐れを持っていたはずだったのですが・・・・。」

ハナビィの里親は続けるべき言葉をどうするか、大いに迷いしばし口を閉ざす。
果たして聞いている動物やそのほかの生き物たちにこの話が理解できるのか、
分らないのである。
こんなことをしても無駄のような気がするのだが、ハナビィの里親はあの日からず~っとこの事を考え続けてきたように思えるのだ。
そして、今、自分の話にじっと耳を傾けている蛙たちや牛や、亀、犬とタヌキとイタチ、樹上の白い大きなフクロウも蛇も兎も、全ての命あるものたちがこれほどまでに愛おしいものに感じるのは何故だろう。
これらの生き物たちの多くは人間よりも遥かに長い時間地球上にその存在を示しているのに、我々人類の歴史はそれよりもずっと短いのである。
ひととき、もの思いに耽ってしまったハナビィの里親に、
「人間に一つ尋ねたいことがあるのだが。」
しばらく、岩の上で眠ったように目を閉じていた年老いた亀が云った。
「<目には見えない小さな危険な物>がどのようなもので、どういった具合に危険な代物なのか、また、どうしてそれがここにあるのかということはよく分ったが、それで、人間たちはこれから原子力というものをどうしていこうとしているのかな?
こんな大事故を起こし、しかも、何十年先でもその始末を出来るかどうかさえはっきりしない危ないものは当然皆取りやめて、片づけてしまうのが当たり前だとワシは思うのだが。
当然、ほかにあるという発電所もそうだ。
起きてしまったことはどうしようもないとしても、後のことが肝腎であろう。」
「それが、どうも、今ひとつはっきりしないのです。
この国の政府も電力会社も都合の悪いことは明らかにしないし、原子力発電所を無くするとは一言も言わないばかりか、いままで休んでいた発電所を改めて動かそうと云う動きすらあります。
このままでは、原子力発電所はこの国から無くならないと思います。
外国にこの原子力発電所を売り込もうとすらしている程ですから。」
「思った以上に人間という生き物は愚かなものであったのだな。」
年老いた亀がふう~っと大きなため息をつくと池の周りの草や木がゆさゆさ揺れ、池の水も波立って蛙たちがあっち、こっち動いてぶつかり合うのであった。

いつの間に木の上に座っていたハナビィは地面に降り、カタツムリを頭に載せた蛙と何やら話しているようだった。
そして、えへん、えへん、と咳払いを二度して、議長の蛙はざわざわしている池とその周りに向かって、
「大分、それぞれの意見もでたようであるし、知らなかったことも分ってきたので、そろそろ結論を出したいと思います。
しばらく、しばし、休会してそれぞれ、おのおの相談してどうするべきか決めていただきたい。」
と会議の休会を告げたのである。






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[ 2011/11/24 18:42 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

里親さんは山猫軒さんであり私であり、すべての人であるわけですね。
読んでいると動物たちに説明している里親さんに感情移入してしまって、もう、なんだか....胸が苦しくなってきます。
純粋な動物たちの目がものすごくたくさん自分に向いているようで......。
人は動物たちに説明できないようなことをどれだけやってきてしまっているんでしょう.........。
はあ~~~~~~~つらい。
[ 2011/11/24 19:01 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

TSUさん。
そうです。ハナビィの里親は一人称で語っていません。
どんな人物なのかも描写していません。
まるで、人格がないような存在なのです。
話をするときだけ「僕」=男と分ります。
職業もこれまでの生活も何も語りません。
すなわち、普通の「誰か」です。
そして、何かを決めるときは猫のハナビィであり、蛙であり、
生き物たちです。
ハナビィの里親はちょっとだけ手助けをするだけですが、
それによって、人間たちが救われると言うお話しです。

TSUさんの思うとおり、里親は貴女であり僕でもあります。
動物たちと向き合える人たちが里親といえますね。
[ 2011/11/24 20:58 ] [ 編集 ]

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