猫と暦 その七 里親は話す



      猫と暦  その七 里親は話す



「静粛に、静粛にねがいま~す。」
議長の声が響き渡った。
「これから発言するときは議長の許可を得てからにしてもらいたい。」
カタツムリを頭に載せた蛙はあらん限りの威厳をこめて、
どよめく生き物たちに向かって叫んだ。
今や池の周りの草地や小径もそして木陰におかれたベンチの上にも見たことも、
名前すら知らない生き物たちで埋め尽くされていた。
これまで、これほどの生き物たちがどこにいたのであろうか。
中には兎のような、猫のような、タヌキのような不思議な生き物もいた。
およそ、人間たちの目には触れなかったであろうものたちのようであった。
議長の一声で騒ぎは潮が引くように収まっていった。
「で、ハナビィさんの提案というのは、海辺の発電所の事故によって起きた
<目には見えない小さな危険な物>に我々がどう対応するのか、
ということでありますのかな?」
雨蛙の頭の上に載ったカタツムリが頭上の梢に座るハナビィに角を伸ばす。
ハナビィは二度三度瞬きをして頷くのである。

「では、みなさんに申し上げます。この会議の議題は、
<目には見えない小さな危険なもの>に決まりました。
よって、本会議はこれよりこの地に住んでいる生き物全ての意見をとりまとめ、
しかるべく対応策を講ずることにいたします。
参加者それぞれの意見、疑問を述べてください。」
議長は厳かに申し述べた。

「質問がある。」
先ほどの年老いた亀が、
「<目には見えない小さな危険なもの>、というものを、詳しく説明してもらいたい。
それを聞いてから考えようではないか。」
と思慮深くしっかりとした調子で言った。
「そういうこともあろうと、ここにハナビィさんの里親に来てもらっているから、
この人間に説明して貰おう。よろしいかな。」
カタツムリを頭に載せた蛙はハナビィに同意を求める。
ハナビィは二度三度瞬きして、
「では、お父さん、この事故のことを話してください。お願いですから。」
と言うのであった。
「会場の諸君、これから、この厄災を引き起こした人間の代表がこの
<目には見えない小さな危険な物>について説明があるので、
聞き漏らさないようにしっかりと聞いてください。では、お願いします。」

議長にうながされてハナビィの里親は池の中に突き出ている平らな大きな岩の上に進み出た。その岩の上には既に沢山の蛙や亀などがいたが、人間の足元に少しばかりの隙間を作ってやるべく、押し合いへし合いしながら、ざわざわ動くのである。
池の周りはもやもやと暖かかった。
空は良い具合に晴れていて柔らかい日差しが降り注いでいる。
そして、黒い口を開けた穴が浮かんでいた。
予感は当たったのである。人間に対する糾弾を一身に引き受けねばならないのだ。
原発事故とはなんら関係がないのに、ただ不思議な穴を覗いたがために、原発が引き起こした厄災のいい訳をしなければならないのである。
それにしても、どう話せばいいのであろうか。原子力についての知識など無いに等しいし、
テレビなどで見聞きしているほんの僅かのことしか知らないのである。
しかも、そこにいる生き物たちに原子力の話を理解なんてできないに違いないのだ。
絶望的状況であった。
亀に、兎に、蛙に、豚に、イタチたちにどう説明すればいい。
彼らに防護服とマスクを、などと云うのはおよそ馬鹿げた話なのである。
ハナビィに「たすけてくれ」という合図を送ったが、身じろぎもしないで猫は梢に座りじっと瞬きもしないのであった。
岩の上に立った。
静かであった。これは何かの間違いで、夢なのだと思おうとしたが、
「ハナビィの里親さん、さあ、どうぞ、お話し下さい。」
緑色の雨蛙はいっそう緑色になって促すのである。
醒めない夢というものなのであろうか。
しゃべろうとしたが、声にならないのである。
しかし、気を取り直し乾いた唇をなめて、大きく深呼吸をして話し出した。
これ程の勇気を奮ったことが過去に一度でもあっただろうか。
そのようなことが心に浮かんでくるのが不思議でもあった。

「みなさん、こんにちは、僕はハナビィの里親です。良い天気ですね。」
なんとも間の抜けた出だしである。池の周りは冷ややかな空気で包まれている。
「突然のことで、戸惑っています。何を話せばよいのか、分からないのです。
人間の代表と言われても僕は原子力のことなんか何も知らないのです。
そこいらにいる普通のオヤジです。それでも、知っていることを話せ、
と言われるのであれば、知っていることは全部お話ししましょう。
分りにくいかも知れませんが勘弁してください。」
およそ、大勢の聴衆の前で演説をするなどと云う経験は無かった。
それが、人間の前であろうが、生き物たちの前であろうが初めてのことだったのである。
上手く話せるとは思わなかった。
それで、年老いた亀に向かって言葉をとなえることにした。
蛙や鳥やタヌキたち、その他大勢の生き物たちの姿を視界から消して
、年老いた亀に話しかけたのである。
「始まりはあの日の、大地震と大津波です。この国は予期しない災害にみまわれ、
多くの命、人間や動物、生き物たちの命が失われました。
しかし、一番深刻なことは原子力発電所の事故です。電気というものは石油とか水力、そして原子力の力で作られています。あそこにある発電所は原子力発電所でした。しかも大層大きくて古い発電所なのです。」
「僕もよくは知らないのですが、原子力発電所は石油や石炭を燃やして蒸気タービンを回すのではなく、核分裂という現象によって起きる熱を利用するのだそうです。
その核分裂というのはとても危険でそれによって発生する物質、
これが先ほどから出ている<目には見えない小さい危険な物>で、これをしっかりと頑丈な原子炉の中に閉じこめておかなくてはならないのですが、今回の事故でこれが壊れてしまったようなのです。
しかも、原子炉は凄い熱ですから、水で冷やさなくてはならない。
これも、地震と津波で電気が止まり冷やせなくなりました。
空からヘリコプターで水を撒いたり、消防自動車で水を掛けたりしたけれど、
上手くいかなかった。このあたりの状況はもしかしたら、ここにいる方たちはご覧になっているのではないでしょうか。」
話をしているうちに、<あの日>からの出来事が脳裏に浮かび上がってくるのであった。
スポンサーサイト
[ 2011/11/21 17:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

猫と暦シリーズ 超面白いです。
次作その八が、待ちきれませ~ん。
早く読みたい!
[ 2011/11/22 00:10 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

トパーズさん。おはようございます。
「猫と暦」
フクシマ原発事故に対する僕の思いを書いています。
詩では表せないので物語にしました。
それも、異界の物語で人間は正体不明の猫の里親ひとりです。
あとは蛙をはじめとした様々な生き物たちがでてきます。
物語は半ばまで進んできました。
これから、思いもよらぬことが起きてきますからお楽しみに。


> 猫と暦シリーズ 超面白いです。
> 次作その八が、待ちきれませ~ん。
> 早く読みたい!
[ 2011/11/22 10:51 ] [ 編集 ]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://isoisomao.blog3.fc2.com/tb.php/544-f60ffdf2