ネコと暦

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日めくりの暦がある。大きさは横25㎜立400㎜厚さ20㎜(職業柄つい㎜単位で表わしてしまう)
の立派な日めくりの暦も11月ともなると、淋しくなってくる。
日、曜日はもとより五黄・友引・きのと・うし、とある。
しかも若潮、月の満ち欠けまで印し、日日を表わす6と言う数字(昨日のこと)
の下に小さく二十八宿 房(ボウ) 婚礼、旅行、移転、建築、衣類裁断などに吉。
そして、今日の格言である。
「誰でも機会に恵まれない者はいない。ただそれを捉えられなかっただけなのだ。」
(カーネギー 1835~1919 アメリカの実業家)
これは、平成11年11月6日 日曜日の暦です。


この日めくり暦は毎日一枚一年365回丁寧に剥がさなければならない。
一度に二枚明後日の分までめくっても、明後日はやってこないし、
めくらずに昨日を残しても昨日は留まってはくれないのである。
留まってくれるのであれば、どう猛な我が家のネコ(マオ)が可愛らしかった
仔猫の時代に戻りたいものだ。





     <ネコと暦>  その一


日めくりの暦をめくるのを忘れていることがある。気がついて何日分か一度にめくるのは
何か後ろめたい気持ちがするものである。
ところが、最近毎日きちんとめくられている。まるで自動日めくりのように。
めくった記憶がないのに、暦は正確にその日になっている。
しかも、剥がした暦の一葉が屑籠にないことに気付いたのはしばらくたってのことであった。
物忘れもこここまできたかと落ち込んだりしたが、それにしても面妖なことだ。
こうも、何度も暦が更新されその記憶がないというのはいかにも不思議なのである。
そのような出来事が続いたある夜のこと、尿意を催し布団から抜け出し手洗いに行こうとして、暗がりの暦の前にいるネコを見てしまった。
日めくりの暦を掛けてある下には鞄や読みかけの本などを置いてある小さなテーブルがあった。そのテーブルの上にのって壁の暦の一枚を口に咥え静かに下に引き下ろしているのである。ドアの隙間からその様子をじっと息を潜めて見ていたら、
その紙を咥えてテッテッテと和室に入っていった。
得意そうにである。これはアタシの仕事なのよと言わんばかりのふるまいなのであった。
見てはならぬものを見てしまったのかもしれない。
これは夢の中の出来事なのである、と自らに言い聞かせて和室を窺う。
明りの消えた部屋はひそともしない。
ただ、押し入れの戸が僅かにネコが通れるほどに開いているのである。
昨日の暦はネコが剥ぎ取って押し入れの何処かに仕舞い込んだのであろうか。
ものぐさでいい加減な飼い主に替わって毎日暦をめくっていたであろうか。
どうにも理解しようがない不思議な行動である。
和室の灯りを付けて押し入れの戸を開き、ネコと暦を確認したいという気持ちがあるが、
どうしても、その時はそうする勇気がないままにまた睡りに落ちたのであった。


自動車を運転していた。バスのような自動車の運転席は二階ほどもの高いところにあり、
街の中を走るのはとても難儀なことであった。
曲がりくねった道から幹線道路に出て、何処かへ行こうとしていた。
三叉路の信号で左に折れる。次第に道は細くなり下ったり登ったりする。
そして、道は湿原に入りこみ進むことも退くことも出来なくなってしまった。
自動車はいつの間にか無くなり一人で泥濘に立っているのである。
霞んだ空の中からネコが歩いてきた。
テッテッテ、得意そうにやってくるネコは蛇を咥えていた。
捕らえられた蛇は蒼白く身をくねらせてネコの上あごにしっかりと食らいついている。
湿原の谷地坊主のうえに座ったネコは蛇を赤く濁った水の上に落とした。
蛇は蒼白く光りながら沈んでいった。
そしてネコは幾枚もの暦になって湿原を覆ってゆくのである。
数え切れない無数の暦が重なり合い、ひしめき合ってかさかさ、きしきし喧しく呟いている。
ああ、うるさい。そう思って、目が覚めた。
窓の外の梢の枯れ葉が落ちながらたてる音であった。


その日はどういう訳か電話が何度もかかり、来客もありで一日忙しくしていた。
滅多にないことなのである。来客などは一年に一度あるかどうか、この前の来客は
半年前にあった。
そういうことだからいかにその日が普段とは違っていたことが分かるというものである。
ネコと暦のこともすっぱり頭から放逐され、夢のことなどは無論のことなのである。
ネコはいつもどおり椅子の上で睡り、空腹を覚えるとやってきて身体をすり寄せて
「ミヤ~オ」と鳴きながら、ご飯を催促するのであった。
いつしか空は暗く翳りはじめ、風は冷たく湿気を帯びて吹いている。
見るともなく見やる壁に日めくりの暦が今日の日付を示していた。
暗い和室の押し入れにネコが暦を咥えて姿を消した昨夜の出来事が甦る。
そうだ、開けてみよう、たいしたことではない。
ただの妄想なのだ。


部屋の照明を明々と付けて押し入れの引き戸を開けた。
使わない布団、衣装ケース、書類を入れた段ボールの箱が積んである。
下段には引出しの衣類ボックスがあり、その左奥は少しスペースがあった。
以前は仕事用の材料や、道具などが置かれていたのである。いつしかそれも不用になり片づけてからしばらく時間が経っていた。
そこに、あった。暦が、である。
まるで人間でもこうもきちんと揃えられないだろうと思うほどに四隅も正確に積まれているのである。押し入れに頭を入れて恐る恐る近くから観察してみる。
まさしく、暦であった。そっと触れてみた。滑らかな薄い紙の乾いた手触りである。
手のひらで少し力を入れて押えてみた。どうしてそんなことをしたのか分からないが、
暦のボリュームを確かめようとしたのかもしれない。
押えた紙が僅かばかり、しなるような気配がした。
注意深く暦の束を持ち上げてみた。
そこには穴があった。黒々とした奥深い気配の丸い穴が静かにあったのである。






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[ 2011/11/07 15:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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