高村光太郎と石川啄木、秋田佐竹藩




「石川啄木」から今度は「高村光太郎」を読み始めた。
啄木の日記、手紙を読みたいのだが、
それが我が手元に届くのには今しばらくの時を要する。
何やら、啄木に似て大時代的な口調になってしまったが、
山猫軒はすぐ、その時々に触れるものに、
影響されるのがほとんど無い欠点の一つなのである。


啄木と高村光太郎の書物は何故我が書棚にあったのかは、
持ち主の山猫軒も理解に苦しむ。
これらの清水書院出版の書物がかなり古いもので、
しかも、表紙に<200円>の値札がビッシと貼り付けてあるところをみると、
どこかの夜店の屋台などで酔いに任せて、
買い求めたものなのであろう。


読まれることもなくジッと頁を繰られる時を待っていたであろう、
これらの書物を思うとまことにいじらしく、
おもわず泪が頬を濡らしそうになる。


しかし、もう鬼籍に入らんかとするこの山猫軒が、
遥か紅顔の美少年の時代にそっと触れたことのある、
二人の明治の文人を語った書物を、
どうしてまた、この歳になって紐解いたのだろうか。


それは、「高村光太郎」の生い立ちの記で分かったのである。
高村光太郎は下谷西町の生まれである。
不肖山猫軒の住んでいるこの界隈なのだ。
啄木もここから歩いて行ける本郷界隈で暮らしていた。
しかも、山猫軒のご先祖様は秋田佐竹藩の武士であったそうな。
佐竹藩の屋敷がここから数百メートルの所にあり、
その跡地が今は佐竹商店街となっている。
ご先祖様が呼び寄せたのであろうか。
そして、高村光太郎、石川啄木も山猫軒を差し招いたのであろう。

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  下谷神社 (この裏手の西町で光太郎は生まれた)


「血液型性格診断」「星占い」などの類は一切信じない山猫軒であるが、
説明の付かない出会いや不思議な出来事があると、
自分の人生はあたかも既に設定されたより糸のような
ものなのかも知れないと考えたりする。
全ては偶然がなせることとであろうが、
「丹波哲郎」さんの言をを借りれば
「大冥界よりご佐竹藩家老のご先祖様がお前をこの地に呼び寄せた」
と、なるのであろうが、
不信心者には大冥界よりネコの方が分かりやすい。
ましてや、血液型診断では「山猫軒と御徒町と高村光太郎」
を説明できないだろう。

理学博士に明快な説明をお聞きしたいものである。



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[ 2011/07/24 10:39 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

やっぱり、博士は最近変わったみたい?
外野のkurumiはお二人の掛け合いを楽しんでいるのですが(笑)
[ 2011/07/24 16:48 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

Kurumiさん。

もしかすると、博士は変わったのではなくって、
本来の自分が出てきたのかも知れません。
よく言う、あれ・・メッキが剥がれたって言うやつ。

[ 2011/07/24 23:28 ] [ 編集 ]

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