時代閉塞の原状



ここのところ、涼しい日が続いている。
オーバーヒート、メルトダウン寸前の身体と、
脳みそがほどよく冷却されて、
おかげでよく眠れる。
だからといって、いい詩が書けるかというと、
そうはならないのが人生なのである。


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  砂のうへに化石の記憶寄りたりし渚の距離密室のごと 

 http://blog.goo.ne.jp/claire3_leda/e/9646dd67ba61c3084d02e2c229249efe

    <雪香の星月夜日記>山口雪香さん


不肖山猫軒は短歌がうたえない。
定型詩が苦手なのである。
型(かたち)の中に入れられる事が苦痛なのだ。
簡単に言えば「我が儘、ハズレもの、おちこぼれ」なのである。
生きてきた軌跡そのものがそれを表わしている。


先日来読みふけった「石川啄木」も似たようなものだと、
自分に重ね合わせて感慨ひとしおであった。
ただ一つ、啄木と山猫軒が違うのは、
詩歌に対する才能の違いである。
27歳で生涯を終えた天才「石川啄木」と、
未だ生きながらえている凡夫「山猫軒」との違いである。


何故にこれまで「石川啄木」に触れなかったのか不思議である。

020-IMG_3417.jpg




    東海の小島の磯の白砂に
    われ泣き濡れて
    蟹とたはむる



これは函館時代を
  

    さいはての駅に下り立ち
    雪あかり
    さびしき町にあゆみ入りにき


そして、釧路。
我が故郷、北海道 根室を思えば啄木は本来、
もっと早く知ってもよかったのに、そうしなかったのは、
それは、、啄木の歌に「感傷」そして彼の生活に「だらしなさ」を感じるからだ。
友人達に援助を受けつつ、放蕩に費やす日々のことが、
まるで自分のことのように恥ずかしかったからなのだろう。
啄木のように友人達からの借財はないが・・・


    友も妻もかなしと思ふらしー
      病みても猶(なお)、
      革命のこと口に絶たねば。


      やや遠きものに思いし
      テロリストの悲しき心もー
      近づく日のあり。



死の直前の歌である。
彼の言う「時代閉塞の原状」は今もまだ、猶連綿として続く。






 


   
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[ 2011/07/23 10:48 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

石川啄木

おはようございます。

山猫軒さんのブログに、星月夜のささやきを引用していただき、ありがとうございます。

石川啄木、わたしもあまり読んだことがないのですが、こちらであらためて、味あわせていただきました。

短詩は、読者の内面によって、さまざまに感じ取り方を違えて映りますね……。

ちいさいけれど、心と心の照らしあう、ふしぎな「合せ鏡」のひとつかもしれません。

こちらも、すてきなブログですね。

[ 2011/07/25 10:20 ] [ 編集 ]

Re: 石川啄木

雪香さん。
おひさしぶりですね。
啄木を読みながらあなたの歌を思い出し、
うかがいました。
これから、また、時々歌泥棒にいきますので、
追い払わないでください。



[ 2011/07/26 08:37 ] [ 編集 ]

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