テレビの無い生活


「博士の恋愛論」は第6章をもって、終わってしまった。

ほとんど序章程度の内容なので反論を述べようもない。
唐突に「恋愛論」が始まり、
これまた、唐突に終わってしまった。
何事かを怖れて口をつぐんでしまったのかと、
邪推したくもなる。
8月に関西でシニアナビのオフィシャル・オフ会が開催されるようだから、
そこで、淑女たちから集中砲火を浴びせられることを想像して、
早々に矛を収めたのであろうか。
できることなら、博士の経験をもとに、
もっとディープな話を聞きたかった。
今更ではあるが。


古い、あるいは新しい恋の痛手に花を添えようとして、
「恋愛論」を語り始めたのだろうが、
政治むきのことを語るよりは無難なことと言えるが、
お堅い博士のことである。
地震について蘊蓄(うんちく)を傾けるようにはいかなかったようだ。


これが、軟弱ものの山猫軒であれば、
甘ったるい詩なんかを書いているので、
「年貢の納め時ということだろう。枯れ木には花は咲かないからな」
と、誰もが納得するところなのだ。


「恋愛論」は100人いれば、100通りの「恋愛論」がある。
したがって、未熟者の山猫軒としては、
貧しい恋の経験をもとにして恐れ多くも「恋愛論」を語れないのである。


この猛暑の最中にこのような思索に耽る事が出来るのには、
理由がある。
不肖山猫軒長いこと自動車を所有していたが、
これを処分した。
東京で車を維持することは難しい。
駐車場に一月4~5万円かかる。
自動車が無くても交通機関が発達しているし、
必要なときはレンタカーを利用すればいいのである。
それに、最近始まったカーシェアリングがある。
山猫軒はそれを利用することにした。


次ぎに、TVを処分した。
従来からほとんどTVを見なかったのだが、
地デジに移行することを受けて、決心した。
TVのない生活である。
とは言っても、我が家のTVはすでに地デジ対応しているのである。
だから、ナニも大騒ぎすることもないのだが、
カンシャク持ちの恋人が、未だにアナログであった。


我が家のTVは山猫軒から恋人への貢ぎ物となったのである。
「どうせ、テレビを見ないのだからいらないでしょ」
と言われれば逆らうことのできない気弱な山猫軒なのである。
恋人の怒りに触れて、自動車、TVのように処分されてしまうことを、
怖れるのである。


テレビのない生活。
音はラジオから調達する。
この結果、静かに読書をする。
掃除をする。料理を作る。
物思いに耽る。
ネコと遊ぶ。
居眠りをする。
もしも、山猫軒の生活にテレビが無ければ、
もっと、ましな人生が送れたのではなかろうか、
等と考えるのである。

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[ 2011/07/17 13:23 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)

何が無くても♪

こんにちは~。
TVと自動車が無くても
マオちゃんと刺激的な怒りっぽい恋人が
いたら充分哲学的人生を送れると思いますが・・・。

遅ればせながら、
暑中お見舞い申し上げます。
マオちゃん共々お健やかで。
[ 2011/07/17 17:35 ] [ 編集 ]

テレビのない生活

テレビのない生活を送って。
もはや十数年。
テレビを見ないからと言って。
ましな生活をしているかというと。
全然そうではなく。
グウタラはどこまでいっても。
グウタラなのでありました^^)/
[ 2011/07/17 20:10 ] [ 編集 ]

Re: 何が無くても♪

kurumiさん。
お暑うございます。まだ、北海道ですか?

哲学的人生を得るためには多大な犠牲を
強いられるようです。
今度生まれ変われるのなら、
ネコになりたいと思っています。



[ 2011/07/18 09:44 ] [ 編集 ]

Re: テレビのない生活

waravinoさん。
お久しぶりですね。

> テレビのない生活を送って。
> もはや十数年。
> テレビを見ないからと言って。
> ましな生活をしているかというと。
> 全然そうではなく。
> グウタラはどこまでいっても。
> グウタラなのでありました^^)/

そうは見えないのですが・・・
かなり、思索的にみえますよ。
[ 2011/07/18 09:46 ] [ 編集 ]

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