喉元過ぎれば熱さを忘れる

酷暑、ウルサイ猫、怒りっぽい恋人、仕事、
そして現実逃避のための酒と、忙しい毎日を送るなか、
読書は惚けかかった脳みそに刺激を与える良薬と言える。
そんな読書であるが、
吉村昭著「三陸大津波」「関東大震災」の二冊を読み終えた。
ご承知の通り「三陸大津波」は3月11日の東北大震災がまだ、
生々しくその傷跡をそう簡単に消すことは出来そうに思えない。
必ず起きるであろう大地震と大津波。
1896年三陸沖150キロを震源としてマグニチュード8.5という
巨大地震によって引き起こされた大津波は、
最大38.2メートルという高さに達したとある。
死者は22、066人にのぼる。
三陸地方はこれまでに1856年(安政3年)にも災害に見舞われている。
およそ100年毎に大地震、大津波が発生することになる。
であるから、今回の大地震、大津波は起こるべくして、
起きたものと思ってよい。
その、明治29年の「三陸大津波」の痕跡を克明に辿り、
生存者の証言を記したのが本書である。


「関東大震災」は1923年(大正12年)相模湾北西沖80キロメートル 
を震源として発生したマグニチュード8.5の地震災害である。
死者10万とも20万ともいわれる大災害であった。
この関東大震災については不肖山猫軒の父(大正4年生まれ)
からたびたびその経験談を聞かされたので、
多少なりとも、そのような大災害がこの東京で起きたと、
認識することができる。
三陸巨大地震と「三陸大津波」は大自然の予定通り、起きた。
では、「関東大震災」はどうか?
これまた、間違いなくやってくる。
東海地震、南海地震、東南海地震も同様に。


これら、二冊の書を読み終えて思ったことは、
「人間は忘れっぽい」
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」
ということを痛切に感じたのである。
三陸大津波だって、先人達が語り伝えようとしたことを、
忘れずにいたならば、被害は多少軽減できたのではなかろうか。


また、ことフクシマ第1原発事故に至っては、
「喉元過ぎる」どころか、まだ、火の塊が口の中に
あるような状態であるにもかかわらず、
政府、経済産業省、電力各社は原発の再開を進めている。
命よりカネが大事とばかりに、財界も原発推進の声を大きくする。
今、原発を停止したとしても、いったん大災害に見舞われれば、
放射能汚染は甚大なものになると、専門家は指摘している。
使用済み燃料を冷却しているプールの損傷は免れないのである。
まずは、使用済み核燃料の無害化と安全な処理方法を、
確立することに全力を挙げて取り組んで欲しいと思うのだ。
それから、原発の是非を考えたらよい。


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このようなことを考えたら、
愚かな人間よりも我が家の凶暴なネコのほうが、
余程賢そうに思えるから不思議である。
少なくともマオは一度熱いものに懲りたら、
二度とそれに近づかないことは確かなのである。




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[ 2011/07/04 09:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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