100,000年という数字

   

   数字は何で出来ているのか。
   岩屋上の鷹も考える。
   それは月光にぬれた法則達のパーテーなどではない。
   不動の定理の戸籍簿でもない。
   ひそかなる鬼の暗号なのではないだろうか。


       ー誰か故郷を想わざるー  寺山修司


フインランドで建設されている高レベル放射性廃棄物処分場「オンカロ」
フィンランド語で「隠し場所」はオリキオト原発から1キロの所にある。
地下500メートルの最終処分場で10万年後まで保管し続けるのだという。
これは今話題のドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」
我々人類に投げかけた問いである。

100,000年、例えばボクが100年生きたとして100回生まれ変わっても、
まだ足りない数字である。
数字を<鬼の暗号>
と言った寺山修司の慧眼は恐るべしである。

我々人類が地球上に現われたのは150万年前だという。
縄文時代は1万年前だ。
10万年後、人類は存在しているのだろうか。
このような文明を維持しているのかどうかもかなり怪しい。
エジプトのピラミッドは紀元前2540年頃と言われていて、
その解析さえままならないのであるから、
10万年後の人類が(まだいたとして)地下深く埋め込まれた、
謎の容器を発見した時、それが恐ろしい災いをもたらすものだと、
認識できるかどうか疑問に思うのである。

ボクが思うに科学者という人たちは恐ろしく想像力に欠けた人たちなのでは
ないかと。
10万年経たなければ無害にならないモノなどは、
我々にとって不用なものなのである。
一時の快適さを得るために10万年の恐怖と引き替えにするという、
だれが考えてもバカな話を科学者や資本家、
そして政治家はやってしまったのだ。

100,000年と言う数字を我々は今一度深く頭の中に刻み込んで、
それが意味するものを考えなければならない。
電力が不足して街が暗くなろうとも、
自動車が生産できなくなって、日本の経済がどん底に落ち込もうとも、
いいのではないだろうか。
そこから、原子力に変わる新しいエネルギーを生み出す知恵が生まれると
思うのだ。
10万年後の人類に「大昔愚かな生き物がいたらしい」
などと言われないためにも、ただちに原発を止めるべきだと思うのである。




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[ 2011/05/21 22:58 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

本当のその通りです。
転載させてくださいね。
[ 2011/05/23 09:00 ] [ 編集 ]

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