歌人の死

    

   歌人の死



先日の深夜電話が鳴った。
遠く北国の知人からだった。
 「母が先ほど、亡くなった」との電話だった。


彼女のお母さんは齢90歳をこえてしばらくまえから入院されていた。
最近は静かに眠っている日々が続いていたようだ。
東京で生まれ終戦間近い頃に祖父の元に疎開して、
そのまま北国の住人となった。
東京にいた頃、短歌を良くし斎藤茂吉にその才能を高く評価されたと聞く。
もしも、(という言葉を使って良いのであれば、)
あの太平洋戦争がなかったならば、
その才能は中央歌壇で花開き、日本を代表する歌人となっていたかもしれない。
運命というものはまことに、残酷なものである。


そして、いま僕は
「この世を去る刹那に、佳人は何を思ったのだろうか。」
そのことがしきりに気になるのである。
僕がこの世に別れを告げるとき、いったい何を思うのか、
一度も会ったことのない歌人の訃報を聞いて、
しみじみと考え込んでいる。


僕は人間の死は終りを意味しないと思っている。
肉体が亡びても魂は生き続けると思っている。
時折やってくる発作がひどいとき、
僕は安らかな気持ちになるのである。
肉体の死は本当は苦しいものではないのではないだろうか。
これだけはその時になってみなければ分からないことなのである。




        レクイエム


     桜の老木に今年も咲いた花を
     そのひとの過ぎ去った日々に
     飾れば 一羽の鳥が
     うす桃色の花々を持って
     遠い山の頂をこえてゆくだろう
     西にある都の空にむかって
     三十一文字の歌を詠いながら
     消えて逝くだろう








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[ 2011/05/03 15:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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