大震災復興に思うこと

    大震復興に思うこと


今、東日本大震災復興と原発の是非について様々な意見が交わされている。
原発をどうするのかは、当面のフクシマ原発事故の
成り行きを見ながらのことだが、
いずれにせよ震災復興と電力の問題は表裏一体のものと考えられる。


今年中に地球上の人口は70億を超えるそうである。
現在は69億4224万人で、
我が国の人口は1億2千700万人
大まかに全人類の0,18%ということだ。
人類の人口は1960年には30億人であったというから、
50年そこそこで40億人増えたことになる。


震災が起きる前に話題になったGDP(国内総生産)が中国に追い抜かれた
というのがあった。
また、少子高齢化などによって我が国の経済はこれまでのようには
順調にいかないのではないかとも言われていた。
よく考えてみれば、、
世界の0,18%の人口の国がGDPがアメリカに次いで2番だったのが、
できすぎであったと思って良いのだ。
経済発展の理由としては専門家が色々と説を唱えているが、
アメリカにおんぶにだっこの国防で、軍事予算が国民生活を
圧迫するほどではなかったのも一因だろうし、
戦争をしなかった(これが一番かも知れない)というのもある。
また、不肖山猫軒をはじめとして、
国民は勤勉で不平不満(権力に対しても)を言わず、
ただ、黙々と働いたからでもある。


それにしても、たった、0,18%の人間が全世界の富の
多くを手にしていたというのはホントウかい?
と思う山猫軒の頭がオカシイのだろうか。


大分前の話である。
オイルショックで巷はトイレットペーパーや食用油を買いあさる
主婦達が目をつり上げてスーパーに殺到していた。
我が母君(数年前に神の御許にいきました)もご多分に漏れず、
商売が出来るほどこれらの品々を買い集め、
2階の床が抜け落ちるのではないかと、
皆で心配したほどであった。
もし、生きていて今日の買いだめ騒ぎを見たらなんとするだろうか。
やっぱり、買いだめに走りそうである。


この頃来日したさる中東の産油国の王族が、飛行場から東京に向かう
高速道路を走りながら煌々と道路を照らす街路灯と、
昼のように明るい東京の街の光景を見て、
「日本に石油が無いというのはホントウカ?」
「電気をこんなに使っているではないか!」

と言ったとか。
できすぎた話だから作り話かも知れないが、
その話を聞きながら成る程そうだなと思ったものである。


要するに世界の0,18%(しつこいかな)の人間達が、
国中の至る所に自動販売機を設置し、
24時間営業のコンビニ(全国には大体40899店舗ある)があり、
一般家庭は電力会社の口車にに載せられて、
オール電化などという住宅をこぞって造る始末だ。


電気と水と空気とそして平和は何時でもふんだんにある、
と思って我々は生活をしてきた。
それが、電気は実は大変高いものにつくと言うことが、
今回のフクシマ原発事故で分かってきたのである。
原発があるから電気料金は安いのだ、
そう為政者も電力会社も言ってきた。
大地震も大津波も起きるかも知れないが、
それは千年先のことかも知れない、いやそうだろう、
と考えれば、災害は自分たちが生きては居ない先のこととして、
原発事業を進めてきたのだろうと言うことは想像がつく。
それが、おおハズレで千年先の災害ががついさっき起きてしまったのだ。
「なんと、運の悪いことよ、せめて100年先だったら」
と東電の幹部達は密かに嘆いたのではなかろうか。



この話は年金破綻の話とよく似ている。
年金も当初考えた役人達はどうせ支払し始めるのはず~っと先のことだ、
と考えて始めたそうだ。
その頃は自分達はこの世には居ないのだからと。
そう考えれば何でも有りでろくでもないことに集めたカネ
をジャブジャブを使い、
挙げ句の果てにはダレから、何処で、何時、集めたのかと言う記録さえ、
分からない始末なのである。


GDP(国内総生産)は本当のところ、負担しなければならないリスクを
棚上げ先延ばしにした数字であって、
いずれは我々国民が払わなければならないものを考えれば、
もっと、小さい数字になるはずなのではなかろうか。
何と言っても世界の0,18%の人間のやることなのだ。


震災復興について話を戻そう。
この震災の復興は被災した地域だけの事として捉えるのではなく、
我が国のこれからの在りようをも前提にして進めるべきなのではないか。
減少してゆく人口と衰退してゆく生産業などを見据えて、
これまでとはまったく違う価値観を基礎にして、
我々の幸せとは何なのか?を問いながら、
我が国全体が被災したと思って復興計画をするべきと思う。


今回の災害は我が国にとっては先の戦争に匹敵する衝撃であった。
我々はあの焼け野原の街から見事に立ち上がったのである。
ちょっと、方向が悪かったような気がしないでもないが、
焦土の中から、そして今ガレキの中から、
きっと、新しい世界の槌音が聞こえてくるように思う。
そして、0,18%、身の丈にあった社会が出来ることを願うのである。


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[ 2011/05/02 16:59 ] 未分類 | TB(0) | CM(1)

山猫軒さんの論は、とても説得力があります。
身の丈にあった社会の建設に、同感です。
[ 2011/05/03 23:35 ] [ 編集 ]

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