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れんげ草

春、この季節万物の息吹がそここに沸きだし、
桜の花は小さな列島を駆け抜ける。

IMG_4103.jpg

     PHOTO BOOTH   
        みず保さんからの頂き物


ぼくは実は桜の花をそれほど好きではない。
大騒ぎをして花見酒をやる気持ちにはなれないのだ。
そうはいっても、かつてまだ若かりし頃は家族、知人かき集めて、
それは盛大な花見の宴を催したことはありますよ。
これは、夏の海水浴、冬の温泉とスキーツアー、みたいなもので、
誰しもが行う人生の定番イベントであるから、
これをもって、不肖山猫軒が桜大好きとはならないのである。
それに、現在は、家族は離散、知人は逃げ失せてそばにいるのは、
性格の悪いネコ一匹という境遇であれば負け惜しみじみているといえば言える。

桜の花よりもむしろ控えめでそっと咲いているような花が好きである。
例えば「れんげ草」「すみれ」「野苺の白い花」
高原の風にそよぐ「ニッコウキスゲ」
引き揚げ者住宅の空き地に咲いていた「秋桜の花」
長い不在の僕を待っていた「シンビジュウムの小さな花」

絢爛豪華な蘭や、しっかりお化粧した貴婦人のような薔薇の花とか、
どうにも近寄りがたい気の強そうな背筋を伸ばしたチューリップよりも、
昔はどこにでも見かけた小さな花々が好きなのである。
亀戸天神の藤の花がそろそろ見頃だろうけれど、
一度だけで十分である。
亀戸升本のメシは美味かったけれどね。

いうなれば、ドカッと存在を示しているものは好きでないのだ。
ぼくのように何時も控えめで、言いたいことも十分に言えず、
我が家のネコにも虐げられ、恋人の顔色をうかがいながら生きている
年寄りには、
一山100円でも買い手の付かないような日陰暮らしの花が似合う。

ささくれだった日々の精神状態を少しでも、
慰めようと鉢植えの花など買い求めたいのだが、
意地悪なネコがみな食いちぎってしまうのでそれもままならない。
このネコが来てから4年間我が家には花はおろか、
観葉植物一つ無いのである。
かつては様々な花が四季おりおりに咲き乱れ、
観葉植物(仕事先のオフイスで廃棄処分となった)がそこここにあって、
三個の水槽には五歳のゴン太(琉金)らが優美に泳いでいる。

それが、どうだ!!
マオの来襲で観葉植物は見るも無惨にかきむしられ、
花は哀れにも床に倒れ伏し、
金魚は鋭い爪に息絶えたのである。
いつ何時この山猫軒もその運命をたどるやもしれぬ。

こうした殺伐とした生活の中で、、
「れんげ草」を想いながらビリーバンバンの歌に、
不運な我が身を浸しているのである。

昨日植えた<ネコの草>が緑色の葉を繁らせるのは何時かな?
せいぜいベランダにはその程度の彩りしかないのが寂しい。




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[ 2011/04/18 23:49 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

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[ 2011/04/19 22:24 ] [ 編集 ]

Re: タイトルなし

おかあさん。
こんにちは。ご訪問ありがとう。
れんげ草は僕の住んでいる東京では残念ながらお目にかかれません。
思い出の中にだけ咲いていますよ。


[ 2011/04/25 12:36 ] [ 編集 ]

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