言葉

「言葉」について<geotech>さんと<しあわせさがし>さんが述べているが、
おおむね僕も同じ考えである。
・・させていただく」についてはずいぶん以前から違和感を持っていた。
それを強く意識するようになったのは多分民主党の若手(特に松下政経塾出身者)
前原氏の会見だったと思う。
させていただく」とおっしゃるが僕はあなたに「・・してくれ
と言った覚えはないと天の邪鬼な思いを持った。
慇懃無礼と言おうか、へりくだっているようで人を舐めているような印象を
持ったのは確かである。
事業仕分けで女を上げた女性議員(大臣)も、しかりである。
させていただきます」といいながら、どんなことがあっても、
あんたがたが嫌だと言っても「やる!!」といった確固たる決意を告げている。
やり遂げるという決意はそれでよい。
しかし、あたかも「あなたがたが望んでいるから私がやらせてせていただく
などと人のせいにしないで欲しいのである。

<しあわせさがし>さんは同時に言葉の乱れを憂えている。
同感ではあるが、だからどう改まるのか首を傾げる。
僕が新入社員で入社した昭和40年、出社一日目にさせられたことは、
手渡された「言葉のエチケット」という小冊子を読むことだった。
僕の同期には「日本の一番長い日」という映画で玉音盤を守る宮内庁の職員を
父に持つS君や、ジャパンタイムスの編集長が父というI君がいた。
S君のお父さんは玉音の草稿を書いた人であったと聞いていた。
僕も新聞記者の父を持ち「言葉」「敬語」に対する日常でのしつけは、
皆それぞれ受けて育っていたので、
いままさら言葉のエチケット、なんて、と思っていたが、
いかに自分の言葉が誤って使われていたのか冷や汗が名が流れるようであった。

明治、大正生まれの父母(知識階級、インテリだね)を持った僕たちは、
さらに、明治大正生まれの会社の上司、先輩にさらに教育を受けることになった。
これは、本当に幸いなことである。
けれども、その後の昭和生まれ(特に戦後)の人たちは、
連綿として語り次がれ、教え次がれた「言葉」や「精神」を、
アメリカの戦後政策、教育政策で切り捨てられた教育を受けたのである。
だから、今更「言葉」の乱れを正そうとしても無理がある。
作家で東京都知事の猪瀬氏が「言葉の力を再生プロジェクト」を立ち上げるとか、
立ち上げたとか<しあわせさがし>さんが伝えているが、
何ほどの効果があるか疑わしい。
もっと、本を読めとかいっても、夏目漱石や森鴎外ばかりを
読むことはできないだろう。

この国の大臣、(首相も含めて)達ですら満足に伝える「言葉」
を持っていないのだからね。

僕は少なくとも「言葉」が命の詩人である。
その詩人が思うのである。
現代の若者言葉、これを否定しない。
そして、肯定もしない。
「言葉」は長い時間のなかで淘汰されるものである。
一瞬その時代で輝いたものも、消え去り、また受け継がれる。

僕の詩も同じように消えてゆくのである。



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[ 2010/12/18 14:09 ] 未分類 | TB(0) | CM(3)

こんばんは

ブログにご訪問頂き有難うございます。

言葉は生き物でしょうね。
自分の気持ちを言葉にするのも難しいと感じる事が多いです。
詩を書く方を前にすると、かなり緊張しますね(笑)
[ 2010/12/20 16:49 ] [ 編集 ]

Re: こんばんは

こんにちは。かぶともさん。
コメントありがとうございます。
緊張しないで気楽にまたおいでください。
あなたのブログも楽しく拝読いたしております。
なかなか、愉快なブログですね。



[ 2010/12/21 11:00 ] [ 編集 ]

ありがとうございます

主婦の日記なので、平々凡々特別な事件は何もないですね~。
にも拘らず、覗いてくださる方々がいて嬉しいです。
[ 2010/12/21 20:11 ] [ 編集 ]

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