再び楽天、ユニクロの社内公用語「英語」について

<しあわせさがし>さんのブログで楽天とユニクロの社内公用語が英語になったことについて述べられている。
楽天については以前ここで書いたことがあるが、
バカバカしいという感想だったと思う。
<しあわせさがし>さんのブログを読んでさて、また考えてしまった。
どうして、日本国内の会社が日本人同士でも英語を使わなければならないのか?
誰も納得できる説明をしていないような気がするのである。

世界標準に準拠して世界規模の企業となるためには言語は英語だというのであろう。
これはまさしく日本的な考えなのであろう。
アメリカは日本の兄貴的な国であり、弟日本は英語を公用語にする。
英語は何処の国でも通用するからアジアの片隅の国である日本語は使えない。
英語が一番すぐれた言語なのだと。
まあ、それも一つの考え方であろう。
あえて反対はしない。
ならば、日本国内では英語圏の社員を使えばヨロシイ。
世界標準が絶対的なものであるからそれにすり寄り呑み込まれる道を選ぶのは、
日本がこれまで辿ってきた道である。
古くは文字は中国から漢字を取り入れた。
明治以降は欧米諸国の法律、技術、政治的な手法を。
敗戦後はそっくりアメリカに。

常に既にある権威や出来上がったものの下につくのである。
それが、この国のありようなのだと
日本辺境論」で内田樹先生が述べているのが、
この楽天、ユニクロの社内公用語、<英語>を考えるとよく分かる。
日本人が世界標準(どのようなものでもよい)を作ることは無理なのか?

僕は英語をしゃべることはできない。
必要としていないからである。
遠い昔学生時代、隣人がアメリカ人と結婚していて、
日本語がしゃべれないダンナさんとしばらく付き合ったことがある。
釣りが好きでよく一緒に行った。
相手は日本語はだめ。僕は学校の英語だけ。
しかし、こうなると、ちゃんと意思の疎通は数日で可能になる。
僕の頭の中に記憶されている英語の単語を総動員して、しゃべる。
そのうちに間違っているとそれが分かるようになる。
相手が怪訝な顔をするから。
二三ヶ月付き合ったけれど、結構話せるようになったね。
それ以来言葉は日本語が通じないところで生活すれば、
どんな言葉でも話せるようになる、と思っている。
だから、僕は英語を話せる人を見ても決して羨ましい等とは思わない。
言葉は必要であればちゃんと覚えるのだから。

話はまた、楽天とユニクロに戻そう。
言葉を英語にすれば、英語で思考すれば世界的企業になる。
というのが両社の考えなのだとしたら、明らかに間違っていると言うものだ。
日本人同士が仕事をしている日本国内のオフイスで、
日本語で考えて英語に変換し、それで仕事をするとしたら、
誰が考えてもうまくいくはずがないと思うだろう。
英語は英語を母国語としている国で使うか、あるいは、
英語を仲介しなければ話せない場合のみに有効なのである。


この事例は今日本で成長著しいと言われている新興企業のトップは実は、
まことにもって愚かな人物であったと言う証左になったといえる。


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[ 2010/10/28 18:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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