秋には読書がよく似合う

秋には読書がよく似合う。


ウイスキーなど舐めながら本を読む。
活字離れで出版社の苦戦が伝えられ、新聞、雑誌の売れ行きも芳しくないようだ。
それでも、書店には多くの人が居るし、
図書館も人でいっぱいである。
電車の中でも若い人が文庫本を読んでいる。
ケイタイを眺めているひとのほうが圧倒的に多いが。
ブックオフのような店舗が成り立つのも、本がそれなりに売れているということだろう。
新聞、雑誌の不信は読み手に問題があるのではなく、
作り手(出版社、編集者)に原因がありそうだ。

本を読みはじめるとPCに触らなくなる。
TVも見ない。
詩も書かない。
時折ふっと浮かんだ言葉を手近の小さなノートに書き留めるだけである。
掃除をすると止められなくなるし、
どこかの酒場が気に入るとそこに日参したりする。
ほどほどにしよう、というところがないのだ。

そんな折り、
先日仕事帰りに立ち寄った書店で、買い求めた書籍にのめりこんでしまった。

「街場のメデイア論」 
     内田 樹(たつる) 光文社新書
著者は神戸女学院大学文学部教授とある。

最近のメデイアに不信感を持つ山猫軒としては気になるタイトルであった。
この内田先生、学生相手の授業を加筆、整理してこの本の出版となったようである。
したがって、話し言葉で詠みやすい。
なんといっても、うら若き乙女達に語りかけているのであるから、
老いぼれの山猫軒も若い女性達の中で先生のご高説を拝聴しているような、
錯覚に陥り、なんとも良い心地なのである。

さて、この本が面白い。昨今のTVや新聞でしゃべっている、学者、評論家、
ジャーナリストとは大違いで僕のこころに響くのである。
ここでこの本の紹介をしてもあまり意味がないので、
興味のある方はどうぞ、図書館なり書店などで入手して読んでみてください。

それで、数冊、内田先生の書籍をアマゾンにて注文。
街場の中国論」
「日本辺境論」
「下流思考」
「街場の現代思考」
「街場のアメリカ論」


これらは我が家のネコの枕になっているのである。
本を枕にしたりその上で昼寝をすれば、
賢いネコになれるとでも思っているのだろうか?
理論物理学もネコの枕である。

「街場の中国論」は今般の尖閣諸島事件にこの論を重ねてみると、
大変に分かりやすい。お勧めの一冊である。
「街場のメデイア論」は小沢一郎氏と検察審査会の一連の報道ぶりを、
合わせて考えるとよく分かる。

「電子書籍と紙ベースの書籍論」では紙の本が無くならないとの説は、
とても面白く説得力がある。
かつては蔵書数千冊を作りつけの書棚に飾っていた経験を持つ山猫軒も、
思わずニヤリとしてしまった。
書棚は読み終えた本を置く場所ではないのである。
これから読む、読むであろう、読みたい、
読まないであろう本を置く場所なのである。
本はその書棚の持ち主の心を表わしている。

僕たちの家の本棚は「前未来形で書かれている」
「前未来形」というのは未来のある時点で完了した行為や状態について使う時制です。「今日の午後三時に私はこの仕事を終えているであろう」
というようなのがそれです。
その書棚に並んだ本の背表紙を見た人が
「ああ、この人はこういう本を読む人なんだな。こういう本を読むような趣味と
見識を備えた人なんだな」
と思われたいいう欲望が書物の選択と配架のしかたに強いバイアスをかけている。


なるほど!そうであったか。
しかし、今の山猫軒の書棚は寂しい限りである。
最初の離婚で若い頃の蔵書は妻が持ち去った。
二度目は家も手放し古本屋をよんでまとめて処分。
今あるのは捨てきれない詩の本と評論集だけである。
あの世に旅立つことを考えて読んだ本は人に差し上げることにしている。

であるから、もし、ブログの諸氏が僕の読んだ本が欲しいなと思われるのであれば、
喜んで進呈したい。
遠慮はいりません。
どうぞ、どうぞ。


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[ 2010/10/12 16:16 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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