建前と本音

「建前」と「本音」



現実は「建前」で掲示板は「本音」
これは2008年6月秋葉原で無差別に通行人ら7人を殺害、
10人を負傷させたアキバ事件の被告人<工藤智大>
が裁判で述べていることである。
加藤被告は掲示板でなりすましや荒らし行為に対するアピールだったと、
この事件を説明しているという。
理解に苦しむことではあるが、よくよく、考えてみると、
そう言うこともあるのか、とも思うのである。
ブログなどに対する執着心は僕も一時期、
かなり強くあったことを思い出す。
麻薬みたいなものかな。
<ランキング>はまさしくそれであろう。
最初ブログを始めた頃の気持ちはどこかに行ってしまい、
ランキングをあげたいがために、奮闘するのである。
バカバカしいと言ってしまえばそれまでだが、
サイト運営会社はアクセス件数が命だから、
それを増やすのにはランキングをもうけて、
競わすのが一番。
それは、それで結構と思う。

掲示板をネット或いはブログ、各種のSNSと考えても良いだろう。
今、老若男女を問わず、PCそしてケイタイでメールを取り交わし、
ブログやSNSに参加している。

恐ろしいことは加藤智大のように現実は「建前」
ネットは「本音」と思いこんでしまうことだ。
顔の見えないネット、ブログでは本当の自分をさらけ出せる、
と思っている人も多々いるのではないだろうか。
だから、おうおううにして、ネット上では嫌がらせや、
過激な発言が行き交うことになる。
とても、楽しく心温まるブログもあれば、
開いた途端に閉じてしまうブログもある。
礼節もクソもないのがネットの世界だともいえるようだ。

そもそも、僕がこの「詩の料理店」を始めた理由は、
失いかけている詩を書くという行為を取り戻すためであった。
だから、最初から100編の新しい詩(自分で合格点を付けられる)
ができたら、きれいさっぱり、ブログを閉じてしまおうと考えていた。
まだ、100編には届かないが、だんだんゴールが近づいている。

僕の「本音」は掲示板でもSNSでもブログでもない。
<詩>である。
詩はだれかに読んでもらいたくて、書いているのではない。
本来は人様に見せることをはばかられるようなものでもあるのだ。

最近暑いせいか、ブログに対する気持ちが薄くなりつつある。
シニアナビを覗くこともめっきり減った。
もともと、人様の生活に興味を持ったことがないから、
他人の日記を読んでもなんの感慨も持てない。
なかには、僕にはない感性で日々を綴っている人もいるが、
これは少数派である。
そんな人たちとは長い付き合いができればいいな。

僕にはたくさんの友達は不要である。
心を許せるわずかな友とネコが一匹いればいい。
それと、忘れぬように<聞き分けのない恋人一人>がいればいい。
だから、僕は秋葉原で大勢の人の命を奪うことなど、
断じてない。
ネットは「本音」でなんて決してありませんから。

あくび








スポンサーサイト
[ 2010/08/05 22:46 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://isoisomao.blog3.fc2.com/tb.php/171-1cf4274d