離婚

ぼくが馴染みにしている酒場<山と谷底>の夫婦が離婚した。
A子とH吉の結婚生活は十数年で終りを迎えたことになる。
このご時世、離婚などは日常茶飯事で、×印が付いた方が、
人生の勲章みたいに思っている人も多いが、
ぼくが最初に五年間の結婚生活に終止符を打った時代は、
離婚は、サラリーマンはその会社で出世街道から脱落することを意味していた。
時代は変わるとはよくぞ言ったものである。

<山と谷底>の二人のどちらに非があったのか、常連客の間では、
おおむねA子が八割悪いというのが大勢をしめている。
H吉が浮気したのでも、暴力を振るったのでも(暴力だったらA子の方に軍配が揚る)
ないし、夜ごと浅草方面に出かけて朝帰りを繰り返す、
A子をとがめたのが別れるに至った三割の理由である。
あとの七割は色々な事柄の積み重ねなのであろう。
読者諸氏に離婚経験者がおられれるとすれば、その辺はよくお分かりのことと思う。

離婚は一種の家出である。
空想しているうちは楽しいが一旦事を起こして決行となると、
思いがけない騒動に発展したりする。
サラリーマンが会社を辞める(クビではなく自ら)のも家出に似ている。
昔は北国から夜汽車に乗って、

       東京へ行こうよ 東京へ
     思うだけでは きりがない
     行けば行ったで 何とかなるさ
     未練心も ふるさとも
     捨てていこうよ 夜汽車で行こう

風呂敷に詩集を一冊、歯ブラシと手ぬぐいと着替えのシャツとパンツを包み、
単独で実行したものである。
現代は少女達の間で家出が流行しているようだが、
何年か毎に家出ブームが起きるような気がする。
離婚となるとブームどころか、数においては結婚を追い越しているのではないか、
当たり前、三度の食事を食べるような気安さであろう。

結婚しているとき、僕はしばしば、家と妻を捨てる空想にふけったものである。
可愛い女で、気だても良い、掃除が苦手だといっても、埃で死ぬわけではないし、
結婚した当初はみそ汁一つ作れなかったのに、努力してナントか食べられるものを
作っていたし、なんと言っても僕にゾッコでいつもベタベタ餅みたいだった。
それはそれで、勝手なもので煩わしくなる。
家出少年を夢見るのと同じなのである。
口うるさいオフクロから逃げ出したい。
親の作りたいような型」にスッポリはまったのが嫌になる。
妻の作りたいような型」から抜け出したい。
こう考えると、離婚は大人の家出であるといってもいい。
そして、実際の離婚はもう、大変な作業だった。
何とかなるさ、なんていう気楽さではない。


<山と谷底>の夫婦の場合はA子が家出したようである。
とはいってもH吉がA子の所に転がり込むかたちで生活を始めたのだから、
家出とは異なるのかも知れない。
ぼくが言うのは精神的な家出であるということなのだ。
良い女房とはとうてい思えないA子、
良い奴だけれど、A子を可愛がらなかったH吉、
数年後にはまた一緒に暮らしていたりして。
そんな気がしてならない。

たしかに結婚生活というものは、さまざまな厄介者を生み出す。だいたい、
家族たちというのはほとんどそうであり、それに妻だって時には
「厄介品」であることにはかわりありません。

    ー寺山修司ー


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[ 2010/06/10 18:12 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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