再び清澄白河<ブルーボトルコーヒーと志げ寿し>



<ブルーボトルコーヒー>をおごると言っても、行かないであろう
<志げ寿し>の面々である。
親方のシゲさんに至っては徹底している。

ず~っと気付かなかったことを
昨日発見した。
めっきり春めいてきて日が高くなったからだろうか、
夕方暖簾を潜ろうと入り口の木札に視線が行った。
「準備中」とある。
引き戸を開けて首を突っ込み、
「準備中になっているから、営業中にしておこうか?」
親切な山猫軒の言葉に対して、
「いいや、そのままにしておいて」
と、まあ、こうなのである。

店に入ってカウンターの椅子の腰を下ろしながら、
「なんで、準備中にしておく?」
と尋ねたら、
「最近出来たブルーなんとかコーヒーの連中が入ってきたら
困るから、いいんだよ。雰囲気が壊れます」

呆れてしばらくは言葉が出てこない。

すでに酔っ払っている塗装屋の親方も、
クロス屋の親方も、更には製本屋のシミズさんも、
「そうだ、そうだ!」

「知らない客でいっぱいになったら俺達のいる場所がなくなる」
なるほど、何度かイチゲンの客を断っているのを見た。
「スイマセン、貸し切りです」
と。

こんな店がよくもまあ、山猫軒を受け入れたものである。
確かに「謹厳実直、品行方正、思想穏健、容姿端麗」
を絵に描いたような山猫軒であるが、
<志げ寿し>の店主も、常連客たちも、
山猫軒とは正反対と言ってもいい面々なのだ。
唯一共通しているのは
「死んでも並んでまでもコーヒーなんか飲まない」
「酒だ、酒だ!」

ということである。

このように、白河一丁目、三好一丁目界隈の
住民たちの<ブルーボトルコーヒー>
に対する視線は冷ややかである。

それにしても、人通りの少ない、しんと静まり返った町並みに
惹かれて移り住んだというのに、
なんということだろう。
若い男女、オバサン、オジサン、ジジババ、
外人さんたちも紙コップのコーヒーを啜りながら、
我が家の窓の下をゾロゾロ歩いてゆく。
朝から晩まで・・・である。
「どうせ、一年もたてば飽きて誰も来なくなる」
シゲさんたちは言う。
麗しの君もである。

シリア、イラクでISISの蛮行が繰り広げられ、
福島第一原発で汚染水が垂れ流しなろうとも、
戦争ができる国にしようと、安倍さんが叫んでいても、
我が日本人は一杯のコーヒーを飲むために
行列を作っている。
日本人って、ホーヒーが大好きだったんだね。



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[ 2015/03/18 15:19 ] 未分類 | TB(0) | CM(4)